約114億年前、宇宙に存在した2つの巨大銀河が、まるで馬上槍試合のように急接近。その一方に存在するクエーサーが放つ強烈な放射線により、隣接銀河の星の“苗床”である分子雲が破壊された。チリの超大型望遠鏡で観測されたこの現象は、星形成を妨げる力としてクエーサーの役割を初めて示した。宇宙初期の銀河進化に、新たな問いが投げかけられている。
ロシアとフランスの天体物理学者によって、114億年前の宇宙に存在した2つの銀河が、まるで「馬上槍試合」のように接近し合う姿が観測された。この前例のない現象は、星形成の根源となる分子雲を破壊し、銀河の進化過程に新たな疑問を投げかけている。ネイチャー誌に掲載された本研究は、クエーサーの強烈な放射線が、隣接銀河の未来にまで影響を及ぼす様子を明らかにしたものである。
見出し | 要点 |
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✅ 発表内容 | 約114億年前、2つの銀河が接近する様子を観測 |
✅ 観測手段 | チリの超大型望遠鏡2基で同時観測に成功 |
✅ 主な発見 | クエーサー放射が隣接銀河の分子雲を破壊 |
✅ 科学的意義 | 星形成の条件や初期銀河進化の解明に寄与 |
なぜ114億年前の銀河が話題になった?
いつ・どこで観測されたのか?
2025年5月21日付の科学誌「ネイチャー」に掲載されたこの研究は、ロシア・ヨッフェ物理学技術研究所とフランス・パリ天体物理学研究所の国際チームによるものである。観測に使用されたのは、南米チリに設置された2基の超大型望遠鏡。観測対象の2銀河は、ビッグバンから約24億年後、つまり約114億年前の宇宙初期に存在していたとされる。
これは銀河同士の接近という極めてダイナミックな現象を、過去最遠のタイムスケールで捉えたものであり、天文学的にも極めて珍しい成功例となる。
なぜ注目されたのか?
注目点は、2つの銀河がそれぞれ天の川銀河に匹敵する規模を持っていたことに加え、一方の銀河の中心にクエーサーが存在していた点である。このクエーサーは、ブラックホールに落ち込むガスや塵をエネルギーにして強烈な放射線を放出しており、接近するもう一方の銀河に影響を及ぼしていた。
これにより、星の誕生に不可欠な分子雲が破壊されてしまい、星形成率が著しく低下していたという。この「星の苗床の消失」が観測されたことが、現代の銀河形成理論に一石を投じている。
観測技術のブレイクスルー
2台の望遠鏡が同時に働くことで、より高い空間分解能と感度を持つ観測が可能となった。これは過去の単一機器による観測では得られなかった干渉現象や距離感を精密に測定することを可能にし、今回の発見を実現させた鍵となった。
加えて、観測時の銀河の赤方偏移から年齢が正確に導き出されたことで、「114億年前の姿」という歴史的文脈に確実な科学的根拠が与えられている。
銀河同士の接近がもたらす影響とは?
クエーサーの放射線は何を破壊する?
観測されたクエーサーは、中心の超巨大ブラックホールにガスや塵が吸い込まれる際に発生する膨大なエネルギーを放射する天体である。これにより、近接する銀河内の分子雲が破壊される現象が観測された。
分子雲は星の誕生に必要な“材料”だが、クエーサーの強烈な紫外線やX線がその構造を分断し、形成の場を奪ってしまう。これは「フィードバック効果」として知られ、従来は銀河内での現象として扱われていたが、今回は銀河間で生じている点が特異だ。
① クエーサーがガスと塵を大量吸引
↓
② 強力な放射線を放出(UV/X線)
↓
③ 近隣銀河の分子雲に到達
↓
④ 分子雲の構造が破壊される
↓
⑤ 星の形成率が著しく低下する
星の誕生がなぜ難しくなるのか?
星のもととなる分子雲は、内部でガスが重力によって収縮し、高密度になった領域が核融合反応を起こして星となる。だが、クエーサーの放射線にさらされた場合、この雲粒が小さく散逸し、臨界密度に達しなくなる。
研究チームは、観測された銀河Bでは「星の苗床」が壊滅的に不足しており、新たな星の誕生がほぼ停止した状態であると報告している。このようなクエーサーによる「銀河外破壊作用」は、初めて実証された。
クエーサー干渉による宇宙形成の転換点
この観測結果は、銀河同士の「重力融合」だけでなく、光や放射線による「外部干渉」が進化の道筋を左右する可能性を示唆している。従来は重力による潮汐作用や物質合流が主とされてきたが、放射線による影響がここまで大きいとは想定されていなかった。
今後、宇宙初期の星形成史を再定義するうえで、クエーサーの放射エネルギーが果たした役割が重要なファクターとして注目されるだろう。
宇宙初期の銀河進化をどう捉えるか?
銀河同士の“馬上槍試合”とは?
パスキエ・ノテルデーム博士が述べた「馬上槍試合(じょうじょうそうじあい)」という比喩は、まさに2つの巨大構造体が互いに突進し、物理的にも放射線的にも強い衝突が生じる状況を的確に表現している。
このような比喩を現実に適用できるほどの精度で銀河間相互作用を観測できたこと自体が、現代観測技術の進化を象徴している。
現代宇宙物理学への問いかけ
クエーサーがもたらす「外的破壊作用」は、従来の銀河形成理論に新たな視点を加える。星が生まれない宇宙、銀河が“死にかける”宇宙――それは静的進化ではなく、光と重力の複雑な綱引きの中で揺れる、よりドラマチックな宇宙像である。
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本記事は「天文学者の客観的観測」に加え、「観測者としての立場」からも描かれている。
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想像を絶する距離と時間のスケールで起こった現象であり、我々の日常的時間感覚ではとらえきれない「宇宙の対話」と言える。
光が命を奪うとき――星が生まれぬ銀河の記憶
私たちは「星が生まれない宇宙」にどこか静かな恐怖を覚える。
無数の命が生まれるはずだった場所で、静かに時間だけが流れる――。
クエーサーの放射線は、希望の種である分子雲を吹き飛ばし、未来を失わせる槍となった。
だが、それもまた宇宙の選択だ。進化とは、破壊の上に成り立つ秩序なのかもしれない。
問うべきは、「何が破壊され、何が残るのか」。それが私たちの銀河にも訪れる日があるのだろうか。
❓ FAQ
Q1. 今回の観測はいつ・どこで行われたのですか?
A1. 2025年にチリの超大型望遠鏡を使用し、ネイチャー誌に発表された研究です。
Q2. 2つの銀河の何が注目されたのですか?
A2. 双方とも天の川銀河に匹敵する規模を持ち、一方にはクエーサーが存在していました。
Q3. クエーサーは銀河にどんな影響を与えたのですか?
A3. 隣接銀河の分子雲を破壊し、星の形成が著しく阻害されました。
Q4. “馬上槍試合”という表現の意味は何ですか?
A4. 2銀河が急速に接近し、クエーサーの放射線が槍のように突き刺さる様子を表現しています。
Q5. 今回の発見はどんな新しい問いを生みましたか?
A5. 星形成を外部の光や放射が止める可能性が示され、宇宙初期の銀河進化理論の再検討が必要とされています。