SNSと海外市場で広がる「抹茶ブーム」が、京都・和束町の茶畑を静かに変えつつある。黒い遮光ネットに覆われた風景の裏で、煎茶の供給は減少し価格は高騰。文化と経済のはざまで、私たちは何を選ぶべきか――。変わりゆく茶業の現場を追った。
抹茶ブームで煎茶が消える
黒い茶畑と煎茶高騰の裏側
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京都・和束町。鮮やかな茶畑が連なるこの風景に、いま異変が起きている。春の訪れとともに観光客が訪れるこの町で、かつて主役だった「煎茶」が姿を消しつつあるのだ。代わって広がるのは黒い遮光ネットの海。理由は一つ、世界的な“抹茶ブーム”。だが、このブームの陰で、日本の茶文化の屋台骨を支えてきた煎茶が、静かに窮地に立たされている。
京都
の茶畑で何が起きているのか?
和束町を歩けば、かつて一面に広がっていた緑の茶畑が黒い遮光ネットで覆われている光景に気づく。ここで栽培されているのは「てん茶」。抹茶の原料であり、世界中で人気を集める日本茶のスター選手だ。農家にとっては、より高収益が見込める作物への転換とも言える。
抹茶ブームの正体は?
「抹茶ラテ」「抹茶スイーツ」など、ここ数年で抹茶は世界的な人気を獲得してきた。背景には、欧米やアジアの高級飲食店での採用、InstagramなどSNSでの拡散、そして健康志向がある。特にアメリカや中華圏では“Matcha”という言葉そのものがブランド化している。
景観が変わる茶畑の現実
てん茶の栽培には「直射日光を避ける」必要があるため、黒い遮光ネットを茶畑全体に張る。これにより、緑一色だった丘陵地が墨を落としたかのように色を変える。観光で訪れた人からは「いつのまにか風景が変わっていて驚いた」という声も上がる。
農家の選択と苦悩
和束町の茶農家、岡田陽一さんは「煎茶の価格が上がっても、生産効率ではてん茶に軍配が上がる。でも…緑の茶畑がなくなるのは、やはり寂しい」と語る。
抹茶(てん茶)と煎茶の違い
項目 | 抹茶(てん茶) | 煎茶 |
---|---|---|
栽培方法 | 遮光ネットで直射を遮る | 日光を浴びさせて育てる |
加工工程 | 石臼で粉砕して抹茶に | 茶葉を蒸して乾燥・成形 |
市場価値 | 海外輸出や高級市場に強い | 国内普及率は高いが価格低迷も |
景観への影響 | ネットで黒く変化 | 緑一色の伝統的風景 |
煎茶の価格上昇は、生産減少と希少化によるものである。京都府内でも、煎茶用の畑が急速に減っており、和束町では東京ドーム約600個分の茶畑が抹茶用に転換されているという報道もある。
なぜ煎茶は値上がりしているのか?
近年、煎茶の価格は着実に上昇している。特に2024年の春先には、入札価格が前年に比べ20%以上高騰したという報道もある。この背景には、抹茶用のてん茶生産への転換が進み、煎茶の供給量が減ったという構造的な変化がある。
供給減少のメカニズムとは?
てん茶に切り替える農家が増えたことで、煎茶用に栽培される茶葉が減少。それにより市場に出回る煎茶の量が減り、価格が上昇した。これまで大量に出回っていた“中価格帯”の煎茶の確保が難しくなったことで、流通業者も調達に苦労している。
飲料メーカーにも影響が…
ペットボトルのお茶を製造する大手飲料メーカーの中には、コスト高に直面して安価な茶葉の確保に動き出している。中には、特定ブランドの終売を検討しているとの報道もあるが、公式な発表は確認されておらず「調査中」として扱うべき情報だ。
茶業界全体に広がる余波
価格上昇は農家には一定の恩恵がある一方、消費者やメーカーには負担となる。和束町の茶商・藤本浩二さんは「うれしいような、困るような」と複雑な表情で語る。抹茶ブームが煎茶の流通構造にまで影響を及ぼしているのだ。