赤本の表紙刷新
売れる“仕掛け”とは?
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「赤本」といえば、大学受験の象徴的な存在。その表紙が突如“やさしい色合い”に刷新されたのは2024年。20年以上続いた赤と黒の堅牢なデザインを変える――そんな大胆な決断の背景には、ただのブランディングでは終わらない、受験市場の構造変化と出版戦略の進化があった。少子化で18歳人口が減り続ける中、なぜ赤本は売れ続けるのか。そこに隠された“大人たちの信頼”と“売れ続ける仕掛け”を読み解く。
なぜ赤本は「表紙」を変えたのか?
表紙リニューアルの背景にあった「違和感」
教学社が2025年度版から導入した新しい表紙デザインは、従来の赤×黒から一転、ミントグリーンやグレーを基調にした“やわらかさ”が特徴だ。この決断のきっかけは、若手社員の「今の高校生はこの赤、怖いと感じている」という声だった。かつては“威厳”を意味した赤本の赤が、時代の変化とともに“圧”や“緊張”を生む要因にもなっていたのだ。
刷新に向けては、学生・保護者・塾関係者へのヒアリングを重ねたうえで、約2年をかけてデザイン案を策定。「堅実さ」と「親しみやすさ」のバランスを追求した表紙が誕生した。見た目だけでなく、表紙素材も柔らかくなり、“持ち歩きやすさ”にも配慮されている。
デザイン変更の意外な副産物
このリニューアルは、“恥ずかしさ”を軽減する効果も生んだ。旧来の赤本は、教室や塾で目立ちすぎてしまい、持ち歩くのをためらう学生もいたという。新デザインはそうした声に応える形で、“目立ちすぎない安心感”を演出。表紙が変わったことで、学校での使用が増えたという報告もある。
さらに、塾関係者による「生徒への渡しやすさ」が向上したという声もある。つまり、表紙刷新は“売りやすさ”にも貢献している。
購買者の6割は「大人」
最も重要なのは、赤本の購買者の多くが受験生本人ではないという事実だ。出版元の調査によると、購入層の約6割は保護者や塾講師などの“教育サポーター”たちである。つまり、赤本は“使われる”ためにではなく、“信頼される”ために売れているのだ。
表紙変更は、この「保護者の安心感」と「生徒の親しみやすさ」の両方を満たす、絶妙なデザイン調整だったといえる。
従来デザインとの比較で何が変わった?
実際の表紙の変化
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旧:赤地に黒の太字フォント、力強い印象
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新:ミントグリーン・グレー基調、細めのフォントで柔らかい印象
心理的・実用的効果
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見た目の威圧感が軽減され、買いやすくなった
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保護者・講師から生徒への“贈り物”として選ばれやすくなった
表紙刷新が象徴する「売れるロジック」の転換
赤本の刷新は「見た目」だけではなく、「購買構造の再定義」を意味している。人口減少で1人あたりの受験者数が減っても、「赤本を買う人が大人なら、売上は大きく変わらない」という前提に立ち、信頼性と安心感を維持することを選んだ。これは教育出版の“定番商材”としての進化であり、衰退ではなく“戦略転換”である。
またSNS上では「今年の赤本、買いやすい!」という声も多く、Z世代への浸透も成功しつつある。つまり、赤本の「中身」は変わらず、「届け方」だけが変わった――その変化に多くの人が共感したということだ。
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表紙変更はZ世代の消費感覚に合わせたアップデート
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保護者世代には「信頼性の維持」が優先課題
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SNSバズ効果が売上横ばい維持に寄与している可能性も
旧デザインと新デザインの違い
項目 | 旧デザイン(〜2024年度版) | 新デザイン(2025年度版〜) |
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表紙色 | 赤×黒 | ミントグリーン・グレーなど |
フォント | 太字ゴシック体 | 細めで親しみやすい明朝系 |
購入層の印象 | 威圧感、実用書 | 柔らかさ、贈答用にも適す |
SNSでの反応 | 「古臭い」「受験生っぽすぎる」 | 「かわいい」「違和感あるけど好き」 |
学校での使用頻度 | やや低い | 「堂々と持てる」として増加傾向 |
少子化でも売れ続けるのはなぜ?
18歳人口は減少、でも「購買層」は変わらない
文部科学省の統計によると、2000年時点で18歳人口は約150万人だったが、2025年には約100万人と、25年間で約3分の2に減少している。にもかかわらず、赤本の売上はここ数年ほぼ横ばいだ。ここには「受験=本人が選ぶものではない」という構造がある。
赤本の購買者の大半は、受験生本人ではなく、親や学校・塾といった“支援者”である。つまり、「受験生数が減っても、1人が複数冊買う」という構造が存在する。特に私立大学受験では、志望校が複数に分かれるため、1人の生徒に3〜5冊の赤本が必要になる場合も珍しくない。
「贈与」としての赤本という新しい価値
近年では、赤本が「親から子への応援の象徴」として贈られるケースが増えている。SNSでも「父が買ってきた赤本にメッセージが挟まっていた」といった投稿が話題になることがあるように、赤本は単なる参考書ではなく、家族の「願い」や「祈り」を込めた“ツール”となっている。
これは、少子化が進む中で一人一人の子どもにかける思いが強くなっている社会背景ともリンクする。たとえ人数が減っても、支援の密度が高まる――そこに、赤本の持続可能な需要がある。
赤本が売れ続ける構造の図解
[18歳人口の減少]
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[受験生1人あたりの志望校数は増加傾向]
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[赤本の必要冊数が増える]
↓
[購入は保護者・塾講師中心]
↓
[デザイン刷新で購買ハードル減少]
↓
[売上は横ばいに維持]
この赤本の購買構造は、「教育の私的負担が増える日本社会」を象徴する現象でもある。公教育では対応しきれない大学選抜制度に対し、家庭・塾がリスク回避として赤本を活用する。この“個人最適化”の傾向が、今後も赤本を支える背景になるだろう。
教育出版ビジネスの未来と赤本の役割は?
教材の「本」から、情報メディアへ
赤本は今や「過去問集」だけではなく、「出題傾向の可視化」や「戦略の立案支援ツール」へと進化している。特にデジタル対応が進み、オンライン解説や別売の講座と連携することで、“ハイブリッド教材”としての価値が増している。
出版不況の中でも、「紙+信頼+連携」の三位一体で残れるもの。それが赤本の位置づけだ。実際、教学社は2023年に「赤本ウェブ」と連携した新サービスを強化し、現場での活用度が上がっている。
「売れる本」ではなく「選ばれる本」へ
赤本は、広く“売る”本ではなく、“選ばれて信頼される”教材を目指している。そのために表紙だけでなく、中身の精度や解説の質にも力を入れている。特に私大対策においては「信頼できる過去問の提供者」としての立場を維持することが重要となる。
このように、赤本は“売れたから良い”のではなく、“選ばれ続けたから残っている”という構図にシフトしているのである。
教育出版の生存戦略としての赤本
赤本の事例は、教育出版の未来像を示している。つまり、人口減少を前提にした“定番の強化”こそが、生き残るための唯一の道なのだ。派手なマーケティングではなく、地道な信頼構築。これはあらゆる教育関連ビジネスにも応用可能なアプローチといえる。
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過去問解説の質と信頼性が購入判断の決め手
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デジタル連携が今後の赤本価値を高める鍵
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顧客は“学生”ではなく“教育関係者”である点を忘れてはならない
いつからだろう、参考書が「買うもの」ではなく、「託すもの」になったのは。
赤本が表紙を変えたのは、ただの色彩改革ではない。それは“親が子に渡す勇気”を形にしたものだ。
書店に積まれるその柔らかな色は、教育の未来に対する静かな問いでもある。
「信頼」は、強さよりも、やさしさの中に宿る――そう気づいた時、赤本はもう教材ではなくなっていたのかもしれない。
それは、紙の中に眠る「希望」のかたちだ。
FAQ
Q1. 表紙の変更は売上にどのように影響しましたか?
A1. 販売部数は横ばいで推移しており、変更が購買意欲を高める効果があったとされています。
Q2. 実際に購入しているのは誰が多いのですか?
A2. 約6割が保護者・塾講師など、受験生以外の支援者層です。
Q3. 赤本以外の類似教材との違いは?
A3. 教学社の赤本は解説の丁寧さと過去問の網羅性で高い信頼を獲得しています。
Q4. デジタル対応は進んでいますか?
A4. 「赤本ウェブ」などと連携し、オンライン講座やスマホ閲覧などの導入が進んでいます。