ボスニアの草原で訓練された探知犬が、戦火の続くウクライナで地雷除去の任務に就いている。訓練士ムフティッチと500頭以上の犬たちが支えてきた命のバトン。彼らの静かで力強い足跡が、家族と農地、そして未来を取り戻す希望となっている。
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ボスニア・ヘルツェゴビナ――1990年代の内戦で荒廃したこの国で、今も地雷と向き合い続ける男がいる。彼の名はケナン・ムフティッチ。かつての戦場で育ち、命を守る技術を学んだ訓練士は、今日もベルギー・シェパードの「メイ」とともに草原を歩く。その先にあるのは、ウクライナ。新たな戦禍にさらされた地に、静かに届けられた「祈り」と「技術」の物語がある。
🟨要約表
なぜボスニアの訓練士がウクライナに犬を送るのか?
地雷除去に人生を捧げた訓練士の背景とは?
ケナン・ムフティッチさんは、27年間にわたり数千個の地雷や不発弾の除去に携わってきたベテランの訓練士だ。活動の拠点は、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボ郊外ブトミルにある草原。ここに設けられた「ノルウェー・ピープルズ・エイド(NPA)」の訓練センターでは、2004年の設立以来、500頭を超える探知犬が育てられてきた。
彼自身も戦争による地雷被害の当事者であり、戦場の残骸が日常だった環境で育った経験が、彼の人生を「命を救う側」へと導いた。犬たちとともに歩む道は、戦争によって壊された大地に、新たな希望を植える作業でもある。
地雷と共に生きる国が、地雷を越える技術を持つ
ボスニアは今も国内に多くの地雷を抱える国であり、2023年のデータでは、戦争時に各民族の軍が設置した地雷が、国民の約15%に影響を及ぼしている。つまり、ムフティッチさんが暮らす地でも「地雷探知犬」は必要不可欠な存在だ。
彼の活動は、単なる支援ではない。かつて苦しみと絶望を味わった国だからこそ、同じ痛みを抱えるウクライナに対して「本気で命を守る手段」を届ける責任があるという覚悟が、そこにはある。
ブトミルの訓練所で育てられた犬たちは、過去にはジンバブエやカンボジアでも活動してきた。その成果が認められ、ウクライナにも26頭が派遣されている。
ウクライナの広がる被害と探知犬の必要性
ウクライナでは、2023年時点でおよそ17万4000平方キロメートルの範囲に地雷や不発弾が埋まっているとされる。これは日本の国土の約半分に匹敵する広さであり、国連やウクライナ政府によれば、同国は現在「世界で最も地雷が埋まっている国」とも言われる。
この広大な地雷汚染地域で、人命を守るには機械だけでは足りない。犬の嗅覚と訓練士の判断が組み合わさった“人間と動物の共闘”が、最前線で機能しているのだ。
🔸命と経済、両方を守る犬たち
地雷や不発弾が存在する限り、農業用地には人が入れず、作物も育たない。その結果、農業国であるウクライナの輸出収入は落ち込み、経済全体にも大きな打撃となっている。2024年の報告によれば、ロシアの侵攻開始以降、地雷による年間損失は110億ドル(約1兆5700億円)を超える。
訓練士と探知犬の活動は、この損失を少しずつでも減らすための希望の光だ。1つの地雷が除去されるたび、1つの村が再生への一歩を踏み出すことができる。
項目 | ボスニア | ウクライナ |
---|---|---|
地雷埋設の主因 | 1990年代の内戦(民族紛争) | 2022年以降のロシアによる侵攻 |
地雷の影響範囲 | 国民の約15%に影響 | 約17万4000平方kmが危険区域 |
地雷除去活動の進行度 | 長年の経験で技術蓄積 | 国際支援による初期段階の拡大フェーズ |
探知犬の派遣数 | 自国内・周辺国へ多数 | 既に26頭以上が派遣され活動中 |
犬と人がつなぐ、地雷除去の最前線とは?
戦場に赴く命のバトン
ケナン・ムフティッチさんのもとで訓練を終えた探知犬たちは、特に被害の大きいウクライナ東部のハリコフ州や南部のミコライウ州などで活動している。現地の作業員たちとチームを組み、日々、地雷原を慎重に進みながら、一歩一歩“命の安全”を確保していく。
驚くべきは、その任務の一部が前線に極めて近い場所でも行われていることだ。常に危険と隣り合わせの環境でも、犬たちは恐れずに任務を果たす。それは彼らが信頼する訓練士たちとの絆と、培われた訓練の積み重ねがあるからだ。
希望を支える訓練と制度
ムフティッチさんの訓練スタイルは「共に暮らし、共に学ぶ」ことにある。犬たちは彼の家で家族同様に生活し、信頼関係を築いた上で、爆発物の匂いを嗅ぎ分ける訓練を受ける。この日常性の中に、戦場の現場でも通用する“静かなる強さ”が宿る。
また、NPAのセンターは、国際的な支援を受けつつ各国の地雷除去機関と連携しており、犬の渡航・健康管理・現地適応にも厳格なガイドラインを設けている。これは一過性の支援ではなく、持続的な安全保障活動として機能している。
実際に派遣された犬の中には、現地での地雷除去を終えたのち、現地作業員とペアを組み直し、ウクライナ国内で訓練犬の指導を行う役割に転じたケースもある。
訓練士のボスニア拠点 → 犬と訓練(NPAセンター)
↓
地雷除去の技能習得 → 渡航準備・健康管理
↓
ウクライナへ派遣 → 地元作業員とのチーム結成
↓
前線近くの危険地域で地雷探知 → 探知成功
↓
除去 → 安全確保 → 農地再開・生活再建
✅ 見出し | 要点 |
---|---|
▶ 現地活動地域 | ハリコフ州・ミコライウ州など、前線近くの高リスク地域 |
▶ 探知犬の役割 | 地元作業員とのチームで地雷探知と除去支援 |
▶ 訓練方式の特徴 | 犬と共に生活しながら信頼構築、専門技術と感覚の一体化 |
▶ 安全確保の成果 | 除去後の農地復旧・地域の生活再建へとつながる |
読者が想像する“軍事犬”とは違う。ここで描かれる犬たちは、命を奪うのではなく「命を守る」だ。その行動のすべては、人間が築いた信頼と愛情の結晶であり、単なる軍事犬以上の存在である。
ひとつの地雷が、家族を救うこともある?
一頭の犬がもたらす“社会的価値”
ムフティッチさんの言葉にある「1つの地雷を見つければ、1つの家族を救える」という言葉は、決して比喩ではない。実際、犬が発見した地雷によって、農地が再利用可能になった地域では、家族単位での帰還・定住が可能となり、地域経済も回復傾向にある。
地雷探知犬の活動は、“1つの成功”が“数十人の生活”に直結する。これは単なる除去作業ではなく、「地域再生の第一歩」でもあるのだ。
🖋地雷撤去
戦争は終わったと言われていても、地中にはまだ“それ”が眠っている。
見えないものに怯えながら生きる世界と、それを嗅ぎ取る命の物語。
静かに一歩ずつ進む犬の足跡が、私たちの社会に残す問いとは何か。
「命を救う」という言葉が、こんなにも重く、具体的であることを、私たちはどこまで想像していたのか――。
❓FAQ(3問)
Q1:なぜ探知犬は人間よりも地雷を見つけられるの?
A:犬は人間の数千倍の嗅覚を持ち、金属探知機では反応しない爆薬成分にも反応できます。
Q2:犬は危険な場所に送り込まれても大丈夫?
A:探知犬はリードで遠隔誘導され、作業員が安全を確保しながら運用されます。無理な環境下での任務は避けられています。
Q3:地雷除去犬の寿命や活動期間は?
A:多くの犬は7〜9歳ごろまで活動し、その後は保護犬として暮らします。引退後も支援が続きます。