北海道後志の尻別川で、サクラマス約3900匹が酸欠死していたことが判明。北海道電力の水力発電所が管理する取水堰で、魚道の開放作業が流木の堆積により遅れたことが主因とされています。水温上昇と水量不足が重なり、下流に滞留した魚たちが次々と命を落としました。制度的な空白と現場対応の遅れが環境に与えた影響を検証します。
サクラマス3900匹死す
魚道不備が生んだ酸欠死
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2025年6月、北海道後志地方の尻別川でサクラマス約3900匹の死骸が確認された。北海道電力の水力発電所に併設された魚道の開放作業が流木の堆積で遅れたことで、下流域の水温が上昇し酸素濃度が低下。河川環境管理の制度的空白と現場対応の遅れが環境リスクとして顕在化した。
サクラマス大量死、その背後にあった運用とは?
2025年6月、北海道蘭越町の尻別川で、およそ3900匹のサクラマスが死んでいるのが確認された。通報を受けた北海道電力は、管理する取水堰付近の魚道で死骸を発見し、回収作業を行った。発見の端緒となったのは、地元住民からの通報だった。
現場は、北海道電力が管理する水力発電所の「蘭越取水堰」。この堰では、河川を横断する構造物によって水をせき止め、発電用の水路へ流す仕組みがとられている。その一角には、魚が遡上できるようにするための「魚道」が設けられていた。
6月3日、魚道には大量の流木が堆積していた。北電はこの除去作業を計画していたが、業者との調整に時間がかかり、魚道の開放が10日までずれ込んだ。結果的に、この期間中に下流では水量が低下し、水温も上昇。川に閉じ込められたサクラマスは酸欠状態となったとされている。
住民からの通報で初めて問題が発覚したことからも、河川環境の管理が実態として現場任せになっていた構図が見て取れる。6月16日までに回収された死骸は約3900匹。だが、回収できなかった死骸も含めると、被害はそれ以上とみられる。
魚道開放遅れの背景に何があったのか?
取水堰に設置された魚道は、通常であれば春の雪解け期以降に開放されることが多い。河川の増水と魚の遡上時期に合わせるためだ。しかし今回は、魚道の入口に溜まった流木が障害となり、開放の判断が遅れた。開放作業は外部業者に委託されており、日程の調整が進まないまま1週間が経過していた。
6月10日、北電が流木の除去作業を実施し、魚道がようやく機能した。しかしすでに多くのサクラマスが命を落としていた。北海道電力は「再発防止に向けて、管理体制の見直しと原因調査に協力する」と表明している。
制度的な空白はなぜ見過ごされたのか?
そもそも魚道の開放タイミングについて、明確な法的規定や指導基準が存在しないことが多い。今回も、開放作業は「例年通り」の慣行ベースで進められていた。だが、流木の堆積という物理的障害が生じた際のマニュアル対応は整備されていなかった。
また、魚道の開放を外部業者に委託していた点も、初動の遅れに直結している。緊急対応ができる体制がなかったことが、酸欠死を防げなかった最大の要因とも言える。
2024年度との運用差
項目 | 2024年度の運用 | 2025年度(今回) |
---|---|---|
魚道の開放時期 | 6月初旬に自動開放 | 流木堆積により未開放 |
通水状況 | 十分な水量を維持 | 水量不足・高水温発生 |
魚の状態 | 遡上成功・産卵確認 | 酸欠・大量死 |
魚道の遅延開放で、環境に何が起きたのか?
水量減少と酸欠の因果関係はどこにあったか?
まず、魚道の閉鎖が続いたことで、サクラマスは下流の限られた水域に滞留することとなった。取水堰により上流への移動が遮断されたため、水深の浅い区域に密集せざるを得なかった。
さらに、日中の気温上昇に伴い水温が上がり、水中の溶存酸素量が急激に減少。この環境下では、魚の呼吸活動が追いつかず、酸欠死を招く状態となったと見られている。
今回の事例では、水温のピークと魚道の未開放期間が重なった6月3日から10日が最も危険だった。特に、日中の最高気温が25度を超えた6月8日から10日にかけて死骸の数が急増した可能性がある。
河川管理のどこに制度的な空白があるのか?
魚道の開放時期は、河川法や水産資源保護の観点からも地域ごとに裁量が大きく、明確な基準が存在しないのが現状だ。北海道電力も、今回の判断を「例年並みのタイミング」としていたが、流木の堆積という突発的な事態に対し、対応マニュアルや緊急措置の規定が設けられていなかった。
また、取水堰の管理業務の一部を外部業者に委託していたため、社内から直接動ける体制が整っていなかったことも、初動の遅れにつながったと考えられる。
現場の実情とサクラマスの重要性
今回の大量死が起きた尻別川は、北海道でも屈指の清流とされ、多くのサクラマスが遡上することで知られている。地元ではふ化放流や漁業資源としての維持管理が続けられており、環境保全に対する意識も高かった。
その中での今回の事故は、地元漁協や関係者にとって大きな衝撃となった。サクラマスは水温や水質に非常に敏感な魚種であり、わずかな環境変化でも生存が脅かされる。今回のように、制度の盲点と物理的トラブルが重なった場合、被害が一気に拡大することを証明した形となった。
【サクラマス大量死の要因と流れ】
魚道閉鎖継続
↓
サクラマスが下流に滞留
↓
日中の高温で水温上昇
↓
水中酸素が減少
↓
酸欠状態で次々に死亡
↓
死骸が堆積・住民が通報
↓
北電が確認し、約3900匹回収
整っていた。だが、それだけだった。
制度はあり、堰もある。魚道も用意されていた。しかし「想定外」は一度も想定されていなかった。自然を扱うには、人の都合で組まれた予定表では間に合わない。問われたのは、誰が責任者かではなかった。「誰も見ていなかった」ことだった。
事故は何を突きつけたのか?
北海道の自然資源の象徴でもある清流・尻別川。その水域で、これほどの規模で魚が死ぬというのは極めて異例である。特に人工構造物が原因の一端となったことで、環境とインフラの両立の困難さがあらためて浮き彫りとなった。
技術的には整備されていた魚道が、流木という自然物で塞がれ、それにより命が絶たれた。この事実は、管理体制の弱点が制度設計の奥底に潜んでいることを示唆している。
環境管理に“例年通り”は通用するのか
あの日、魚は黙って死んでいった。酸素を求めて水面に口を出し、それでも届かなかった空気は、生きる権利を奪った。
なぜ人間は、制度をつくって安心してしまうのか。なぜ「例年通り」が機能しない瞬間に、誰も即座に動けないのか。流木があった。電話が遅れた。業者の手配がつかなかった。それだけで、3900匹の命が終わる。
人はこの数をどう受け取るのだろう。魚の死を数でしか語れない社会に、未来の生き物は何を期待するのか。
❓FAQ
| Q:なぜ魚道の開放が遅れたのですか?
A:魚道入口に大量の流木が堆積し、除去作業の調整に時間がかかったためです。開放は6月10日までずれ込みました。
| Q:死んだサクラマスの数はどれくらいですか?
A:約3900匹の死骸が6月16日までに北海道電力によって回収されました。
| Q:今回の事故で違法性はあったのですか?
A:現時点で違法性は確認されておらず、北海道電力は調査に協力するとしています。
| Q:今後の再発防止策はありますか?
A:北電は管理体制や開放判断基準の見直しを進めるとし、詳細は今後の検討課題となっています。