山鹿市の消防本部で勤務していた男性が、上司や先輩からマッサージの強要や暴言、休日の自宅訪問による訓練参加の強制を受けていたとして、公務災害と認定された。消防本部は第三者委員会の設置を予定し、対応を見直すとしている。
消防士に休日訓練強要
消防本部に労災認定
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熊本県山鹿市の消防本部で勤務していた30代の元消防士が、公務中に受けたハラスメントにより心身を損ない、地方公務員災害補償基金から「公務災害」として認定された。本人はすでに依願退職しており、消防本部はこれまで訴えを否定してきたが、認定を受けて謝罪へと方針を転じた。制度と実態の乖離が、組織の信頼を揺るがしている。
マッサージと暴言、元消防士が語った「日常」
日々の勤務中に始まった「命令口調のマッサージ」
山鹿市消防本部に勤務していた元消防士の男性は、30代という年齢ながら、ある種の「慣習」に巻き込まれていた。彼の証言によれば、上司や先輩からの「肩を揉め」「腰を押せ」といったマッサージの要求は、日常的に続いていたという。
それが“業務命令”のような強制性を帯びていた点に、本人の違和感は募った。明確な拒否はしづらい空気の中、疲弊は重なっていった。
「辞めろ」と突きつけられた言葉と、その重み
彼が精神的に追い詰められた背景には、上司や同僚の暴言も影を落とす。「向いていない」「辞めろ」といった言葉が日常的に交わされることで、業務への集中も保てなくなったという。
特に問題視されたのが、休日に自宅へ直接訪れられ、「自主トレーニング」と称して参加を強要された場面だった。これは事実上、私生活への介入でもあり、制度的なラインを越えた行為だったといえる。
制度の空白と証明責任の重さ
元消防士が地方公務員災害補償基金に申請したのは、退職後のことだった。病気休暇を経て休職、そして退職に至る経緯は、制度上の「業務起因性」を証明する難しさと直面することでもあった。
彼のケースでは、具体的な指導記録や証言、診断書の存在が重視されたという。つまり、制度が被害者を救済するには、被害そのものだけでなく「証拠構造」を構築する力量が求められるという課題がある。
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マッサージの録音やLINE履歴は保管されていたのか
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休日トレの訪問記録や映像の有無
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上司の発言記録と、同僚の証言一致性
このように、形式的な申請と実態認定のあいだに横たわる制度ギャップが、被害者側に「説明の責任」を強いている構図となっていた。
消防本部の対応推移と認定制度の整合
消防本部の謝罪は「制度認定」のあとだった?
市議会で突然明かされた認定情報
6月16日、山鹿市議会の場で事態は急転した。議員から「地方公務員災害補償基金が公務災害と認定した」との質疑が飛ぶと、消防本部はその事実を「把握している」と初めて認めた。
さらに、消防長の黒田武徳氏は「重く受け止め、深くおわび申し上げる」と謝罪を表明。だが、それ以前に本人への直接的な謝罪や、内部調査の公表はなかった。
認定を外部機関から受けて初めて対応を変えるこの姿勢に対し、市民や当事者からは「受動的すぎる」との声もある。
パワハラ認定と“組織否認”の時間差
問題となったのは、消防本部が長らく「パワハラとは認めていない」との立場を取っていた点だ。元消防士の休職以降、複数の訴えや相談はあったとされるが、組織としてハラスメントの存在を公に認めることはなかった。
それゆえ、今回の公務災害認定が“外部からの認証”として扱われ、ようやく対応の第一歩となった経緯がある。認定によって初めて動く組織の在り方に、制度とのズレが際立っている。
第三者委員会の設置と“実効性の検証”
消防本部は、今後「第三者を入れたハラスメント対策委員会を設置し調査を行う」と表明した。これは、組織内の調査では信頼性が担保されないという自覚による方針転換とされる。
ただし、この委員会がいつ始動し、どの範囲まで調査対象とするかはまだ明らかではない。過去の慣習的な言動を含むのか、退職者のヒアリングは行うのか。形式的な設置にとどまるかどうかが、今後の信頼回復の試金石となる。
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委員の選定方法と中立性の確保
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報告書の公表範囲と公開時期
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同種事案への再発防止策の提示有無
これらの基準が曖昧なままでは、“ポーズだけの調査”と捉えられる懸念が残る。
制度認定までの経緯と組織反応
元消防士の訴え(2023年6月)
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病気休暇 → 休職 → 依願退職
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地方公務員災害補償基金に申請
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消防本部はパワハラを否定(内部方針)
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基金が「公務災害」と認定
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市議会で認定報告 → 消防本部が謝罪表明
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第三者委員会の設置を発表(調査範囲は未定)
セクション | 要点 |
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前半まとめ | 元消防士はマッサージ強要や暴言を受け、心身に支障を来たし退職に至った。公務災害として認定されたことで制度上の救済を受けた。 |
後半注目点 | 消防本部は認定を受けて謝罪に至ったが、それまでの対応には遅れと否認が目立った。今後、第三者調査の実効性が問われる。 |
被害者の声が届く制度設計は可能か
パワハラという言葉が一般化した現代においても、制度に“声”を届けるには多くのハードルが存在する。元消防士は退職後にようやく申請へと踏み切ったが、その決断を後押しする仕組みや支援者の存在は不可欠だった。
訴えを制度に載せる「文脈化の力」、そして訴えを拾う側の「応答責任」が欠けたままでは、同様の事例は繰り返される。制度の整備だけでなく、組織文化の透明性が今後の焦点になる。
誰が声を拾うのか、制度と信頼の交差点
声は届かなかった。退職後にしか申請できない構造。認定を受けてようやく動き出す組織。それらは、形式と信頼の間に横たわる亀裂だった。
制度が整っているからこそ、声は早く届くべきだった。だが実際には、「まず否認し、次に外部認定で謝罪」という流れが常態化している。
被害者が辞めるまで動かない組織と、辞めたあとしか受け止められない制度。そこに残るのは、空白の時間だ。
信頼は、対応の速さではなく、“初動の真意”で決まる。形式ではなく、意志で答える組織であるかどうか。そこに今、問われている。
❓FAQ
Q:今回の認定はどの制度に基づいていますか?
A:地方公務員災害補償基金が認定する「公務災害」に該当します。
Q:マッサージや自主トレ強要は業務命令と見なされたのですか?
A:制度上は業務外でも、強制性や精神的圧力が業務起因と評価されたと見られます。
Q:消防本部の今後の対応は?
A:第三者を交えたハラスメント対策委員会での調査を予定しています。
Q:当初なぜパワハラを認めなかったのですか?
A:消防本部は内部的に「業務範囲内の行為」と解釈していたとされますが、詳細な理由は明かされていません。