島村楽器が自社の音楽教室で講師に無償で体験レッスンをさせていた件について、公正取引委員会は2025年6月、フリーランス保護法に基づく是正勧告を発出した。報酬未払い、書面提示の欠如など複数の制度違反が確認された中で、業界全体への波及も想定される。制度と実務の乖離があらためて問われている。
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大手楽器店の島村楽器が、音楽教室でフリーランス講師に無償の体験レッスンを強いていたとして、公正取引委員会からフリーランス取引適正化法に基づく勧告を受けた。報酬未払い、書面での条件提示の欠如など、複数の制度違反が同時に指摘されている。
なぜ勧告に至ったのか?
体験レッスン無償実施の詳細
島村楽器は、自社が展開する音楽教室において、フリーランス契約の講師に対し、入会希望者向けの体験レッスンを無償で実施させていた。
対象となったのは2024年11月から2025年2月にかけての期間で、講師11人が計19回のレッスンを報酬なしで担当していた。
フリーランスは業務委託契約に基づく独立した事業者であり、報酬が発生しない業務提供は本来任意であるべきところ、実質的に義務のような扱いで行われていた。講師側の証言としては「通常のレッスンと同じ内容なのに無報酬はおかしい」との声も上がっている。
取引条件の不備と問題
公正取引委員会はこの行為を「優越的地位の濫用」に該当すると指摘した。
講師や自社主催イベントに出演するミュージシャンら計97人に対し、報酬の金額や支払期日といった取引条件が書面で明示されていなかった。また、そのうち86人には報酬が法定期限までに支払われていなかったことも確認された。
フリーランス取引適正化法では、発注者が取引条件を文書で提示することを義務づけており、これに違反する行為が複数認定された形となる。
講師側の声と対話の不在
報酬について口頭でしか伝えられず、明確な契約内容を確認できなかった講師も多かった。報酬支払いに関して質問しても「すぐに明示してもらえなかった」との証言もある。
講師らは、報酬の有無や条件の提示を強く求めても、現場店舗では明確な対応がなされず、制度上の対話の機会が失われていた実態がある。
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多くの講師が「条件の書面提示」を求めていた
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契約時に具体的な金額の説明がなかった
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無償レッスンを断りにくい雰囲気があった
類似事例との差
比較項目 | 島村楽器(今回のケース) | 類似他社(例:A社) |
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無償体験レッスン | 実施させた回数19回、報酬なし | 回数限定・謝礼あり |
取引条件の提示方法 | 口頭通知が中心、文書明示なし | 書面による契約提示を義務化 |
報酬の支払時期 | 86人に対し法定期限超過 | 法定内での支払を定期運用 |
講師からの交渉余地 | 「断りにくい」「説明されなかった」との証言多数 | FAQや契約書で報酬と業務範囲が明示されていた |
業界全体の順法意識と説明責任
公取委は、「業界大手として順法意識が甘かった」と島村楽器を明確に批判した。
社内マニュアルの存在は認められたが、店舗への周知が徹底されていなかったことが指摘され、法令対応が全社に浸透していなかった事実が明らかになった。
再発防止には、契約プロセスの標準化、報酬交渉のガイドライン整備、講師側への情報提供など、「契約情報の対等性」が制度的に求められるようになるとみられる。
マニュアルの形骸化と現場の乖離
島村楽器では、フリーランス取引に関するマニュアルが社内で作成されていたものの、それが各店舗の現場担当者まで届いていなかった。
実際の契約や業務指示が各店舗ごとに異なり、制度と実務の間に大きな乖離があったことが、今回の調査で浮き彫りとなった。
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社内で法令対応マニュアルは存在していた
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現場に届かず、契約説明は曖昧なまま進行
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担当者に制度理解の教育が行き届いていなかった
【フリーランス契約の逸脱と勧告までの過程】
① 社内でフリーランス講師との委託契約を実施
↓
② 店舗で無料体験レッスンの実施を依頼
↓
③ 報酬が支払われず/条件の提示も曖昧なまま進行
↓
④ 講師から公取委に訴え・調査開始
↓
⑤ 公取委が制度違反を認定し、勧告を発出
フリーランス契約という制度が、報酬や業務範囲の説明責任を含むものであるにもかかわらず、現場では「無償で働くことが当然視される」空気があった。
講師が報酬の有無を事前に確認する機会が本当にあったのか、その判断を自主的に行う余地が残されていたのか、今もなお制度の限界が問われている。
今後の論点と再発防止の行方
公正取引委員会の今回の勧告は、単なる企業一社への是正指導にとどまらず、「形式だけのマニュアル整備では不十分」であるという教訓を突きつけた。
企業が委託契約を用いる場合、労働とは異なる自由がある一方で、契約の明示と報酬の適正支払いは不可欠である。
法改正の効果が現場に浸透していない状況下では、形式的な制度設計だけでなく、現実に即した運用と対話の場が必要とされている。
現場に届かぬ法令、再発は防げるのか
フリーランス取引適正化法という制度が整備されたにもかかわらず、企業がその運用を現場任せにしたままでは、制度の意味が空洞化してしまう。
島村楽器の事例は、マニュアルがあっても現場で機能しないという現実を突きつけた。
この制度は誰のために作られたのか、そしてそれを本当に機能させるのは誰の責任なのか。今もその答えは問われたままである。
❓ FAQ
Q:体験レッスンを無償で実施させることは法律違反ですか?
A:フリーランスに業務を無報酬で強制することは、優越的地位の濫用とされ、フリーランス取引適正化法に違反します。
Q:契約条件を口頭のみで伝えるのは許されるのですか?
A:法律上、報酬額や支払期日などは文書で明示する義務があります。口頭のみでは制度に反します。
Q:勧告を受けた企業はどう対応しなければなりませんか?
A:公正取引委員会の勧告を受けた企業は、再発防止策を講じ、適正な契約・支払い体制を構築する必要があります。
項目 | 要点 |
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勧告の背景 | 無償の体験レッスンや報酬未払いなど、制度違反が複数発生していた |
影響範囲 | 音楽講師を含むフリーランス業界全体に契約見直しの波が広がる可能性あり |
今後の焦点 | 制度の運用実効性と企業による対等な契約責任の履行 |
再発防止課題 | 現場への制度浸透と書面交付の徹底が求められている |
読者への問い | 自身の働き方契約にも同様の不均衡が潜んでいないか、見直す契機となる事例 |