妻に無断で離婚届を偽造し提出したとして、兵庫県の40歳自営業の男が逮捕されました。発覚のきっかけは、妻が戸籍謄本を取得したことによる偶然の気づき。制度上の確認義務の甘さや、訂正に必要な家庭裁判所での調停申立てなど、司法の限界と被害者負担が浮き彫りになっています。
妻に無断で離婚届を偽造
40歳の男を逮捕
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無断で偽造された離婚届が提出されていた…
発覚のきっかけ | 提出者の動機 | 手続きの盲点 |
---|---|---|
妻が戸籍謄本を取得し、離婚の記載を発見 | 他の女性と再婚する目的で偽造提出 | 役場は形式確認のみで届出を受理していた |
偽造離婚届が受理され、数年後に発覚
2021年4月、兵庫県加古川市の自営業の男(当時36歳)は、妻に無断で署名と押印を偽造した離婚届を福岡県筑前町の役場に提出していた。届出は受理され、戸籍上では正式に離婚が成立していたことが後に確認された。
容疑者と別居していた妻が、自らの戸籍謄本を取得したのは2023年。記載内容から離婚が成立している事実を初めて知り、驚愕したという。事情を把握した妻はその後、「許せない。告訴したい」として警察に被害を届け出た。
2025年6月末、警察は偽造有印私文書行使などの疑いで岩田容疑者を逮捕した。取り調べに対し、容疑者は「無断で離婚届を作成し、1人で提出したのは間違いありません」と容疑を認めている。
提出から発覚までの4年、誰も気づかなかった理由
離婚届の提出から事件の発覚までは、実に4年が経過していた。夫婦は既に別居状態にあり、妻が日常的に戸籍情報を確認する機会はなかった。離婚の事実は、再発行された謄本に記載されていた情報で初めて明らかになった。
制度上、離婚届の提出時には夫婦両者の署名・押印が必要とされているが、本人確認は自治体ごとに運用が異なっており、形式的な確認のみで受理されるケースもある。筑前町は取材に対し、「手続きに不備はなかったが、虚偽の届け出を完全に防ぐのは難しい」とコメントしている。
この届出により、妻は知らぬ間に法的に離婚した扱いとなり、生活上の信用・社会的立場にも影響が及んだ可能性があると指摘されている。
制度上の“本人確認義務”と届出受理の構造的ギャップ
日本の戸籍制度では、協議離婚にあたる離婚届は、当事者双方の署名・押印が揃っていれば形式上の要件は満たされるとされている。実務上、自治体の窓口では本人確認が求められる場面もあるが、それは明文化された義務ではなく、自治体ごとに判断が分かれるのが現状である。
今回のように一方当事者の意思確認が不在のまま、もう一方の人物が署名・押印を偽造し、書面を完成させて提出すれば、役場はその内容が虚偽であるかを確認する手段を持たない。その結果、制度上は「正当な手続き」として処理されてしまう構造的な脆弱性が存在していた。
警察は容疑者が別の女性との再婚を目指していたことを動機と見ており、離婚手続きを進める上で、妻の同意が得られなかったことが偽造に至った背景にあると分析している。
他自治体の届出確認体制との比較
自治体名 | 提出時の本人確認義務 | 受付職員による確認内容 | 偽造届提出への抑止策 |
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福岡県筑前町 | 義務なし(提出者のみ確認) | 書面記載の不備のみ確認 | 虚偽届け出は防止困難との立場 |
東京都港区 | 写真付き身分証明の提示を推奨 | 両当事者の本人性と意志確認 | 警察への通報ルートあり |
札幌市 | 平日窓口提出は原則対面確認 | 電話照合や筆跡確認を実施 | 偽造例には慎重審査対応 |
再婚動機が偽造に転化――隠された事情と法の限界
容疑者は、妻と離婚できない状態でありながら、別の女性との結婚を望んでいたとみられる。捜査関係者によれば、容疑者は当時すでに交際中の女性との間に子どもを授かっていた可能性があり、籍を入れるための手段として離婚届の偽造に踏み切ったという。
しかし日本の法律上、重婚は禁じられており、既婚状態で他者と婚姻届を提出することは無効とされる。正式に離婚しなければ再婚も子の認知も成立しない中で、制度を不正に利用する形で“法的な離婚状態”を作り出そうとした背景が浮かび上がる。
こうした「再婚のための偽装離婚届」は極めて悪質であり、結果として被害を受けた妻が法的に離婚済みとみなされることで、意図しない社会的立場や不利益を被る構造的リスクが存在していた。
記録訂正には家庭裁判所が必要――被害者側の負担構造
戸籍に記載された離婚の事実を訂正するには、家庭裁判所で「離婚無効確認の調停」や「届出無効確認の訴訟」を経る必要がある。自治体単独では訂正できず、被害者が自ら訴訟手続きを取り、偽装であることを法的に証明しなければならない。
この手続きは精神的にも時間的にも負担が大きく、偽装された側が再び行政や司法の対応に追われることになる。その間も戸籍上では「離婚済み」のままになっており、就職・扶養・保険など多方面に影響を及ぼすことがある。
制度的には被害者の救済ルートがあるとされているが、現実的には「訂正に伴う労力」が加害行為と比例していないという問題も指摘されている。
「離婚の事実を初めて知った瞬間」――妻が語った戸籍謄本の違和感
被害者の女性が自身の戸籍謄本を取得したのは、2023年の秋だった。手続きのきっかけは、扶養関係の確認で求められた書類提出だったという。その中で「夫の名前が除籍されている」という記載に違和感を抱き、初めて離婚の事実に気づいた。
その瞬間、頭の中が真っ白になったと語る女性は、当初は「何かの間違いかもしれない」と思い、まず義母に相談した。だが義母の反応から「夫が何か隠していたのではないか」と感じるようになり、その後、自身で再度戸籍を確認した結果、記録が確定していることを確信した。
この“気づきのプロセス”は、単なる書類上の違和感から始まり、次第に現実との乖離が広がっていく中で、法的・心理的な衝撃へと変化していった。
『偽造離婚届提出から発覚・訂正へ――被害者視点の過程』
① 偽造提出(2021年4月)
↓
② 離婚成立(戸籍記録上)
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③ 被害者が謄本取得(2023年秋)
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④ 義母に相談/再確認
↓
⑤ 警察へ告発(2024年)
↓
⑥ 逮捕・訂正手続きへ(2025年)
❓FAQ
よくある疑問とその回答
Q1. なぜ偽造届が受理されたのですか?
A1. 署名・押印が揃っていれば形式上の受理条件を満たすため、本人確認が不十分でも届出が通ることがあります。
Q2. 偽装された戸籍は簡単に訂正できますか?
A2. いいえ、家庭裁判所での調停や訴訟が必要で、時間と労力がかかります。
Q3. 役場に責任はないのですか?
A3. 自治体は「形式確認」に基づいて処理しており、内容の真偽を確認する義務は制度上明確ではありません。
Q4. 容疑者は再婚していたのですか?
A4. 公式には再婚の届け出は確認されていませんが、動機として「別の女性との結婚を希望していた」とされています。
Q5. 今後、こうした事件は防げるのでしょうか?
A5. 本人確認の強化や、両者立ち合いの原則化などが検討課題ですが、現行制度には限界があります。
制度が生んだ“片側の離婚”――虚偽届出が許された背景
今回の事件は、「法的には形式要件を満たしていた」という一点により、4年以上にわたり被害が放置されていた点に根本的な問題がある。制度の入口である「届出」の仕組みが、意思確認ではなく書面の体裁で判断される構造の中では、真偽の検証が抜け落ちてしまう。
これは「本人の同意があったことを証明する制度」ではなく、「書面が整っていれば受理される制度」として運用されている現行体制の限界を示している。自治体によっては本人確認の実施がある一方、義務化されていないことで全国的な防止策が機能しないという課題もある。
今回のように“離婚という人生上の決定”が一方の手でなされ、記録が訂正されるまでに数年を要する制度構造が放置されれば、同様の事件は再発する可能性がある。制度そのものの見直しが求められている。