飲食店に広がるチップ制度
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飲食店の現場で、「スマートフォンを通じたチップ制度」が広がり始めている。キャッシュレス決済と連動し、顧客が気軽に感謝を伝えられる仕組みとして注目されており、店側・従業員双方の動機づけに新たな形をもたらしている。
スマホ型チップ制度の導入と評価ポイント
スマホ型チップ制度がもたらす接客の“見える化”
飲食店で、客がスマートフォンを使ってチップを従業員や店舗に送る仕組みを導入する動きが広がっている。モバイルオーダーの拡大に合わせて、「感謝の見える化」が従業員のやる気に直結する例も報告されている。
東京の企業「ダイニー」が提供するこの仕組みは、モバイルオーダーシステムにチップ送信機能を付加したもので、現在全国で約3000店舗が導入している。客はテーブルに設置されたQRコードをスマホで読み込むことで注文し、同時に任意でチップを送ることが可能となる。
特に注目されるのは、2020年に開始された「推しエール」という機能で、客がスタッフの顔写真と名前が並んだプロフィル一覧から選び、投げ銭のようにチップを送れる仕組みが整っている。これにより、接客対応が個人単位で評価されるようになり、従業員のモチベーション向上に寄与しているという。
「チップ」機能の追加と地域拡大
「推しエール」に加え、2025年6月からは「チップ」という新機能も導入されている。こちらは個人ではなく店舗全体への支援という形式で、客が飲食代の最大25%までをチップとして送信できる。これにより、接客全体の評価や店舗への共感を表現しやすくなった。
2025年時点で、この「チップ」機能はモバイルオーダー導入店舗のうち13%が利用しており、愛知・岐阜・三重の3県だけでも250店舗以上が対応している。名古屋市内のある焼き肉店では、サービスに満足した客が「気持ちとして送ってみた」と語るなど、日常的な行動として浸透し始めている。
厚生労働省が公表した2025年5月のデータによると、接客系職種の有効求人倍率は2.63に達しており、飲食業界の人材確保が困難であることが裏付けられている。その中で、「接客に感謝が届く」という仕組みが人材定着や離職防止の手段として期待されている。
スタッフの評価が職場環境を変える
「推しエール」や「チップ」の導入により、スタッフの接客対応が可視化されることで、店舗運営にも新たな変化が生まれている。名古屋市中村区のある居酒屋では、店長が「アルバイトの頑張りが数値として反映されるため、本人たちのやる気が目に見えて変わってくる」と語っていた。
また、投げ銭を受け取ったという女性スタッフは、「期待以上だったことが可視化された」と感じたことで接客意識が高まり、業務の質の向上に繋がったという。店側にとっても、感謝の言葉と金額が残ることで、従業員への評価や声かけの材料になるという副次的な効果も指摘されている。
「推しエール」と「チップ」機能の違い
項目 | 推しエール | チップ |
---|---|---|
提供開始時期 | 2020年 | 2025年6月 |
支払い対象 | スタッフ個人 | 店舗全体 |
表示形式 | プロフィル一覧から選択 | 任意金額入力 |
支払い上限 | 特になし(任意) | 飲食代の25%まで |
モチベーション効果 | 個人の評価が直接反映される | 店全体の接客評価につながる |
利用者の声 | 「頑張りが伝わるのがうれしい」 | 「満足度に応じて送れる」 |
任意制度としての限界とプレッシャー回避の工夫
スマホ型のチップ制度は、あくまで「任意で感謝を伝える手段」として設計されているが、導入方法によっては利用者側に心理的なプレッシャーを与える可能性もある。特に、QRコードの配置位置や「送信を促す文言」が過度である場合、客から「断りにくさ」を感じるといった声も上がっていた。
こうした懸念に対して、一部の店舗では「チップは強制ではない」ことを明記したPOPを掲示するほか、注文後の画面にしか送信選択肢を表示しない工夫を取り入れる事例もある。制度を好意的に受け取ってもらうには、「押しつけ感のない設計」が鍵になるという認識が広がりつつある。
接客を“評価される”ことが若年層に与える影響
従来のアルバイト環境では、接客の質が給与や評価に直結しづらく、働き手側にとって成果が見えにくい構造だった。だが、「推しエール」のようにスタッフの働きが直接チップとして還元される仕組みは、10代後半から20代前半の若年層にとって特に大きな意味を持っている。
名古屋市のある店舗では、大学生スタッフが「どの部分に満足してくれたのかが伝わるので、やりがいが強まった」と語っていた。単なる労働対価ではなく、接客そのものが“選ばれる”という体験が、自身の行動の意味を明確にし、継続意欲にもつながっていた。職場としての価値が、給与水準以外の軸で認識され始めている点は、飲食業界の構造的な人手不足解決にも一役買う可能性がある。
◆ 導入〜利用の流れ
ステップ | 実施内容 | 関係者 | 技術・補足 |
---|---|---|---|
① QRコード設置 | 店舗側がモバイルオーダー用QRコードを客席に設置 | 店長・本部 | ダイニー提供のモバイル決済サービスを使用 |
② 客が読み取る | 客が自分のスマホでQRコードをスキャン | 利用客 | 専用アプリ不要/ブラウザ上で表示される |
③ メニュー画面表示 | オーダー画面がスマホに表示され、注文が可能に | 客・店舗 | 注文情報はクラウド経由で店側に通知 |
④ 会計後に選択肢表示 | 注文完了後、画面に「チップ」または「推しエール」選択肢が表示 | 客 | 任意制。スキップ可。画面表示は数秒間限定 |
⑤ 金額と送信 | 客が任意の金額とメッセージを入力し、送信操作 | 客 | チップは飲食代の25%上限。個人/店舗どちらも対応可 |
⑥ 店側に通知 | 指定スタッフまたは店舗全体にチップ情報が通知される | 店舗・従業員 | 送信履歴とメッセージは店内画面に表示可能(匿名含む) |
❓FAQ
Q1. チップは必ず送らないといけないのですか?A1. いいえ、すべて任意です。チップ制度は感謝の気持ちを自由に伝える仕組みであり、送らなくてもサービス利用に影響はありません。
Q2. スタッフの顔や名前が表示されるのはなぜですか?
A2. 「推しエール」機能では接客スタッフを評価できるよう、事前に許可を得た上でプロフィールが表示されています。
Q3. チップの金額はどのように決められていますか?
A3. 「チップ」機能では、飲食代の最大25%までを上限とした任意額を選択できます。1円単位での設定も可能です。
Q4. 店側はチップを給与に反映していますか?
A4. 店舗によって運用が異なります。直接還元するケースもあれば、評価指標として活用するだけの店舗もあります。
Q5. チップ送信後に取り消しはできますか?
A5. 一度送信されたチップは、システム上キャンセルできない仕様となっています。送信前に確認画面が設けられています。
✅制度×接客×反応
セクション | 主な内容と整合ポイント |
---|---|
導入の背景 | モバイルオーダーとの連携で、客がスマホからチップを送る仕組みが拡大中 |
制度の特徴 | 「推しエール」は個人評価型、「チップ」は店舗全体評価型で、両機能とも任意制 |
利用の広がり | 愛知・岐阜・三重を中心に250店舗以上が対応、若年層スタッフの継続動機にも寄与 |
成果の可視化 | 個人ごとの送金履歴やメッセージで「頑張り」が見える仕組みが、従業員に好影響 |
留意点と課題 | 押しつけ感のない運用と、制度目的の明示が、継続的な運用に求められる |
制度が与える“承認”と“評価”の再構築
飲食業界における人材定着の課題は、給与水準だけでは語りきれない。接客業務に従事する若年層の多くは、働きながらも「自分の役割が正当に認識されているか」に敏感である。スマホを通じたチップ制度は、単なる報酬ではなく、行動への「承認」として機能し始めている。
この仕組みにより、顧客との接点が「評価の場」として転換され、働き手は自身の接客に意味を見出すようになっている。店舗側にとっても、人材確保だけでなく従業員の意識向上につながる制度として、今後の定着が期待される。制度が持つ承認構造の強さこそが、今の飲食現場が求めていた要素の一つだったといえる。