
2025年10月8日発表。京都大学の北川進氏らが多孔性金属錯体(MOF)の開発でノーベル化学賞を受賞。CO₂削減や新素材開発に広がる応用をわかりやすく解説。
ノーベル化学賞は北川進氏らに授与
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スウェーデン王立科学アカデミーは2025年10月8日、2025年のノーベル化学賞を発表した。受賞したのは、京都大学の北川進特別教授をはじめ、リチャード・ロブソン氏、オマー・ヤギー氏の3人である。授賞理由は、金属イオンと有機配位子を組み合わせ、分子レベルの空間を自在に設計できる「多孔性金属錯体(MOF/PCP)」の開発。授賞式は12月10日にスウェーデン・ストックホルムで行われ、賞金は総額1100万スウェーデンクローナと発表された。
この研究は、二酸化炭素(CO₂)や有害ガスを効率的に分離・貯蔵できる新素材を生み出し、環境や産業の幅広い分野で注目を集めている。
2025年ノーベル化学賞の主要ポイント
受賞研究が示した「ナノ空間の設計」という新しい化学
金属と有機物を結びつけて立体的な骨格をつくる「金属有機構造体(MOF)」は、内部にナノメートル単位の細孔が無数に存在する。その空間を分子ごとに調整できるため、狙った気体を吸着・分離することができる。北川氏らが確立したこの概念は、従来の多孔性材料とは一線を画し、「分子を捕まえるための建築学」とも呼ばれる。
発表によると、受賞者らの成果は、CO₂をはじめとする温室効果ガスの分離や、産業プロセスにおけるガス精製、エネルギー変換反応の触媒などに道を開いた。京都大学による紹介でも、分子の出入りを自在に制御できる素材として、医薬・環境・エネルギーの各分野で応用研究が進んでいるとされる。
北川氏は京都市出身で、京都大学大学院工学研究科博士課程修了後、東京都立大学などを経て、1998年から京都大学教授。2017年に特別教授、2024年から理事・副学長に就任した。長年にわたり化学構造の可視化と応用に取り組み、今回の受賞はその成果が国際的に認められた形となった。
環境と産業の両面で期待される応用領域
多孔性金属錯体の特長は、孔の大きさや形を自在に変えられる点にある。これにより、特定の分子を効率的に吸着できるため、二酸化炭素の回収・再利用、可燃性ガスの安全な貯蔵、医薬品原料の精密分離など、社会課題の解決に直結する応用が見込まれている。
たとえば、工場排出ガス中のCO₂を選択的に捕まえることで、排出削減や再利用技術への展開が進む。さらに、反応触媒やガスセンサーとしての利用も期待され、化学産業や環境技術の分野で新たな発展を促す可能性がある。
北川氏の研究室では、これまでに多数のMOF構造を創出し、化学結合の設計とナノ空間の制御が実用的な材料開発に直結することを示してきた。基礎研究から社会実装までをつなぐこの成果は、化学が社会課題に応える新たな方向を提示している。
「多孔性金属錯体(MOF/PCP)」の特徴と効果
2025年のノーベル化学賞は、分子の「空間設計」を化学の中心テーマに押し上げた功績を評価したものといえる。北川進氏らが築いた多孔性金属錯体の研究は、温室効果ガス削減やエネルギー変換など、現代の課題解決につながる可能性を示した。科学が社会に寄与する形を具体的に示したこの受賞は、化学の未来をより開かれたものにしていくだろう。
応用が広げる産業と環境への新しい可能性
多孔性金属錯体(MOF/PCP)は、単なる学術研究を超え、産業や環境保全の具体的な技術として注目されている。
この素材は、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスを分離して回収し、再利用するシステムに活用が期待されている。また、触媒として反応を効率化したり、ガスセンサーとして特定の分子を高感度で検出したりする応用研究が世界各地で進む。
京都大学を中心に進められた北川氏らの研究は、分子がどのように空間に取り込まれ、どのように放出されるかを明確にした点で画期的だった。これは、気体の「出入り」を精密に制御できる化学技術として、環境負荷の低減や安全なエネルギー利用にも貢献する。
スウェーデン王立科学アカデミーが今回の受賞理由で「化学と社会を結びつける成果」と表現したのも、その応用範囲の広さを示している。
分子を操る化学が切り開く未来
多孔性金属錯体の研究は、単なる素材開発にとどまらず、「分子をデザインする時代」の先駆けともなっている。
北川氏らは、分子の大きさや性質に合わせて孔の構造を自在に変えられることを実証し、ガスだけでなく液体やイオンなど、異なる状態の分子にも応用の道を広げた。
この技術は、再生可能エネルギーや医薬品合成、資源循環といった分野にも影響を及ぼすと考えられている。
世界では、研究成果をもとにした共同開発が進み、環境負荷の少ない材料や持続可能な化学プロセスを目指す取り組みが広がっている。北川氏の研究が示す方向性は、学問の壁を越えて「分子と社会の関係を変える科学」として評価されている。
化学が社会課題に応える時代へ
これまでの化学は、物質を作り出すことが中心だったが、現在は「環境を守る化学」への転換が進んでいる。
今回の受賞が象徴するのは、知的な探究心と社会的な使命感の両立だ。多孔性金属錯体は、地球温暖化や資源枯渇といった課題に対して、科学が直接貢献できることを示した。
北川氏らの研究は、日本の材料科学が持つ「精密な設計と継続的改良」という強みを世界に示す契機にもなった。
多孔性金属錯体(MOF/PCP)の機能プロセス
1️⃣ 合成工程
金属イオンと有機配位子を組み合わせて三次元構造を形成する。
2️⃣ ナノ孔の形成
構造の中に分子サイズの細孔が多数できる。
3️⃣ 吸着・分離
特定の分子を孔に取り込み、不要な分子を通さない。
4️⃣ 放出・再利用
条件を変えて分子を放出し、材料を再利用する。
5️⃣ 応用展開
CO₂回収、ガス精製、触媒反応、センサー材料などに利用される。
FAQ — よくある質問
Q1:MOFとPCPは同じものですか?
A:基本構造は同じで、どちらも金属イオンと有機物を組み合わせた多孔性材料を指す。呼称は研究分野や国によって異なる。
Q2:どのような環境問題に役立ちますか?
A:二酸化炭素の回収・再利用や、有害ガスの安全貯蔵など、排出削減に直接貢献できる技術とされる。
Q3:実用化は進んでいますか?
A:実証研究や共同開発が行われており、一部はガス分離装置やセンサー材料として産業応用の段階にある。
Q4:日本人としての受賞意義は?
A:京都大学ゆかりの受賞として、基礎研究から社会応用までを見据えた日本の化学の強みを示した。
受賞が示す科学と社会の接点
| 項目 | 要点 |
|---|---|
| 科学的成果 | 分子レベルでの空間設計を可能にした多孔性金属錯体(MOF/PCP)の創出 |
| 技術的意義 | 環境・エネルギー・医薬など、多分野への応用基盤を確立 |
| 社会的影響 | CO₂削減や安全な資源循環技術としての期待が高まる |
| 教育・研究への波及 | 材料化学の国際的評価を高め、日本の研究層の厚さを示した |
| 今後の展望 | 分子を自在に操る“設計型化学”の時代を先導する可能性 |
分子の空間が未来社会を変える
2025年のノーベル化学賞が示したのは、化学が「環境と共存する科学」へと進化している現実だ。
北川進氏らが創り出した多孔性金属錯体は、分子の流れを制御するという極めて抽象的な概念を、実用的な素材として具体化した。その成果は、理論と応用、基礎と社会の間を結ぶ架け橋となっている。
二酸化炭素の捕捉や再利用という課題は、人類全体の共通テーマであり、これに科学的な解答を与えた点で今回の受賞は象徴的である。化学は今、ものを作るだけでなく、地球を守る手段へと姿を変えつつある。
分子の中に未来を見たこの研究が、今後どのように社会と結びついていくか——その行方を見守ることが、次の科学への関心を広げる第一歩となるだろう。