
2025年9月発表の「店長年収最大2000万円」制度。香川県丸亀市の離島・讃岐広島に2024年開設された「心の本店」とともに、トリドールが進める“心的資本経営”の全貌を一次報道ベースで解説。
丸亀製麺が挑む
”心的資本経営“の現場
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2025年9月、トリドールホールディングスが打ち出した「店長年収最大2000万円」制度が外食業界に衝撃を与えた。単なる高収入の話ではなく、同社が掲げる「心的資本経営」を象徴する動きとして注目されている。さらにその理念を体感できる場として、2024年11月に香川県丸亀市の離島・讃岐広島に開設された研修拠点「心の本店」がある。経営理念と地域再生の両輪がどのように結びついているのかを探る。
制度と施設で変わるトリドールの人と地域の関係
年収2000万円制度が示す「心的資本経営」の狙い
トリドールホールディングスは2025年9月17日、丸亀製麺の店長を対象に「年収最大2000万円」を上限とする新たな報酬制度を発表した。従業員満足度や顧客体験をもとにした「ハピネススコア」などを指標化し、成果だけでなく人間関係や店舗文化を総合的に評価する仕組みを導入している。
外食業界では人材確保が深刻な課題となっており、報酬の上限を引き上げる動きは珍しくない。ただし、トリドールが強調するのは「給与」よりも「幸福度」の方だ。社内資料では、店長の自己肯定感や仲間とのつながり、顧客との信頼関係を測る仕組みを新たに構築したとされる。これを「心的資本経営」と呼び、物理的な利益ではなく、人の心の蓄積を資本として扱う点が特徴だ。
制度は単なるモチベーション施策ではなく、経営哲学の実装である。成果を上げた店長に最大2000万円の報酬を用意する一方で、組織全体の「心の健康」を維持する仕組みとして運用することが意図されている。企業の持続性を支える「人的資本経営」の延長線上に、トリドール独自の「心的資本経営」が位置づけられた。
理念を体感する拠点「心の本店」が香川で動き出した
この理念を形にした場所が、2024年11月27日に香川県丸亀市の離島・讃岐広島に開設された「心の本店」だ。古い製麺所を思わせる木造の建物で、従業員研修や地域交流を目的に設けられた。施設内では、小麦の製粉から出汁づくり、手打ち体験までが一連で学べるようになっており、香川の伝統的なうどん文化を実地で感じ取れる。
この島は過疎が進んでいたが、トリドールが企業版ふるさと納税を通じて港や公共設備を整備したことで、人の往来が少しずつ戻りつつある。社員の一部が移住して地元住民と協働し、学校の再開にも寄与した。こうした活動が評価され、トリドールは2024年度の企業版ふるさと納税大臣表彰を受けている。
「心の本店」は単なる研修施設ではなく、地域と企業が心でつながる実験場だ。社員が現地で働き、地元のうどん職人や生産者から学ぶことで、経営理念が現実の文化として体現されていく。制度と施設、給与と心、都会と地方――そのすべてをつなぐ接点がこの島にある。
制度と施設がもたらす価値の対比
| 観点 | 年収2000万円制度 | 心の本店 |
|---|---|---|
| 導入年 | 2025年 | 2024年 |
| 対象 | 店長・社員 | 全従業員・地域住民 |
| 目的 | 成果と幸福の可視化 | 経営理念の体験・文化継承 |
| 測定軸 | ハピネススコア・顧客満足 | 体験・交流・地域信頼 |
| 成果の形 | 高報酬・人材定着 | 地域共生・ブランド再評価 |
| 象徴する価値 | 個人の心的資本 | 組織と地域の心的資本 |
「心の本店」が生んだ地域との再接続
丸亀製麺の研修拠点「心の本店」は、開設から1年も経たないうちに地域社会に変化をもたらしている。香川県丸亀市の離島・讃岐広島は、長年人口減少が続き、通学路も途絶えていたが、施設の開設と企業版ふるさと納税をきっかけに、小中学校が再開し、移住者も増えた。
地元の漁師や農家が協力してうどんづくり体験を支え、地域行事では社員と島民が同じテーブルを囲む場面も見られるようになった。トリドールは地元自治体との連携協定を結び、島の港整備や清掃活動も支援している。企業の研修施設が地域の公共空間として機能することは、全国でも珍しい。
香川県では「丸亀製麺」という名前への抵抗感が一時期強かったが、近年は地域との共同イベントが増え、丸亀市を舞台にした「うどん祭り2025」も開催予定となっている。企業が地域文化に寄り添う姿勢が、長く続いた距離を少しずつ縮めている。
“心”を軸にした経営が生み出す二重の効果
「心的資本経営」は人材戦略であると同時に、企業と地域の共創モデルでもある。報酬制度によって店長が“心の指標”を意識するようになり、社内でのコミュニケーション改善や離職率低下につながると期待されている。一方で、「心の本店」での研修が地域との共感を育み、社会的な信頼資本を拡大している。
この二重の効果は、数字では測れないが、ブランド価値の向上に直結している。特に香川県出身の顧客層においては、企業の取り組みを肯定的に受け止める傾向が見られる。制度と施設、個人と地域、収益と幸福が相互に支え合う構造が、トリドールの新しい競争力になりつつある。
「心の資本」を地域と共有するという挑戦
経営の現場で「心」という言葉を扱うのは容易ではない。理念が抽象的になれば、従業員にも地域にも伝わらない。トリドールが注目されるのは、この理念を“手で感じる仕組み”に変えた点にある。
うどんを打つ、地元の水を使う、島の風を受ける──そうした体験が「心的資本」の実感につながる。経営理論が体験に転化したとき、従業員は企業理念を自分の言葉で語れるようになる。理念の浸透を会議室ではなく現場で行う発想は、地方創生の形としても注目されている。
制度から地域への波及プロセス
制度発表(2025年9月)
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店長評価に「ハピネススコア」導入
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研修拠点「心の本店」で理念を体験(2024年11月開設)
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従業員が地域文化・製麺技術を習得
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地域住民との協働・移住促進
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社会的信頼資本の拡大
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企業ブランド・従業員幸福度の向上
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地域イベント・経済循環(丸亀うどん祭り2025へ)
❓FAQ|気になる疑問に答える
Q1. 年収2000万円制度はすでに始まっているの?
A1. 2025年9月17日に正式発表され、段階的に導入が進められている。対象は成果と行動指針を満たす店長層。
Q2. 「心の本店」は一般の人も見学できるの?
A2. 基本は社員研修施設だが、地域イベント時には公開されることがある。
Q3. 企業版ふるさと納税はどんな形で使われた?
A3. 島の港や公共トイレなど、生活インフラ整備に充てられた。
Q4. 丸亀うどん祭り2025はどこで開かれる?
A4. 香川県丸亀市内の特設会場で11月21日から22日にかけて開催予定。
総合要約表|トリドールが進める「心的資本経営」の全体像
理念と地域を結ぶ“実体のある経営”へ
トリドールの動きは、「人を幸せにする会社」と「地域に必要とされる企業」の境界を曖昧にした点に意味がある。経営理念はしばしば抽象的な理想にとどまるが、「心の本店」はそれを実体として可視化した。うどんを通じて心を磨くという比喩が、企業行動として現実化している。
高収入の制度と地方の離島での研修という、対照的な取り組みが同一の理念で結ばれていることに、現代企業の変化が表れている。経済的成功を追うだけでは持続しない時代に、トリドールは「心の資本」を軸にした新しい成長の形を提示した。
香川の風土の中で始まったこの実験は、地方創生と人的資本経営の交差点に位置している。成果を急がず、地域とともに歩む姿勢が真に評価されるかどうか──その答えは、次の一年に現れるだろう。