
大阪府の民泊運営会社が、Booking.comの日本法人に対し、否定的な口コミを削除しなかったとして慰謝料を求め京都地裁に提訴しました。投稿には「最低」との表現が含まれていたとされ、2年以上掲載が続いたことで精神的苦痛が生じたと主張しています。削除権限の所在や日本法人の責任が法廷で争点となっています。
民泊側がBooking.com提訴へ
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民泊施設の口コミ削除をめぐり、プラットフォームの責任が問われる訴訟が提起された。大阪の民泊運営会社が、投稿されたレビューの削除に応じなかったとして、旅行予約サイト「ブッキング・ドットコム」の日本法人を相手取り、慰謝料を求める訴訟を京都地裁に起こした。外国企業が運営するサービスであっても、日本国内の法人に責任を問えるかどうかが争点となっている。
訴訟提起と投稿削除の主張
京都市中京区に拠点を持つ民泊運営会社「すみれ商事」が、宿泊予約サイト「ブッキング・ドットコム」の日本法人に対し、500万円の慰謝料を求めて京都地方裁判所に提訴したことが分かった。訴状によると、2021年11月にBooking.com上で運営民泊に関する口コミが掲載され、その中に「さいてい」などの否定的表現が含まれていた。
運営側は、これを誹謗中傷とみなし、レビューの削除を求めたが、Booking.com側は「削除は特定の条件を満たした場合に限る」として応じなかったという。投稿は少なくとも2年間にわたり掲載され続け、営業上の損害および精神的苦痛が生じたと主張している。
削除申請の対象となった投稿内容は、消臭剤などの香りが強すぎるとの指摘に加え、宿泊環境全体を「最低」と評価する内容だったとされている。
投稿内容と削除要請の根拠
高谷滋樹弁護士(すみれ商事社長を兼任)は、削除対象となったレビューが「全体的に誹謗的で、改善や要望ではなく人格否定に近い」と主張している。また、投稿者の宿泊実績やレビュー投稿歴についても、虚偽や他施設での転用の可能性があるとして調査を行ったが、Booking.com側は削除対象とは認めなかったという。
削除要請は複数回行われ、原告側は、ガイドライン上に明記されている「暴力的・差別的・個人攻撃的な表現」に該当すると判断していた。
これに対し、Booking.com側は「投稿はプラットフォーム上の評価の一環であり、違反と認められない限りは削除の対象としない」とする基本方針を伝えていたという。
投稿削除請求を巡る主な争点分類
| 分類軸 | 原告側の主張 | 被告側の立場(Booking.com) |
|---|---|---|
| 表現の性質 | 「最低」という語は誹謗中傷にあたる | ネガティブだが禁止表現とは断定できない |
| 削除要請の経緯 | 数回にわたり文書・メールで請求 | 回答はあったが削除対応はされなかった |
| 削除判断の権限 | 日本法人にも責任が及ぶ | 削除判断は本社(オランダ)が管轄 |
| 影響の大きさ | 2年以上表示され営業に悪影響 | 被害の因果関係は明示されていない |
削除権限の所在と責任の所在
本件で特徴的なのは、削除判断の主体がBooking.comの本社であるオランダ法人「Booking.com B.V.」であり、提訴された日本法人(Booking.com Japan株式会社)には公式にはその裁量権限がない点である。原告側はこの点について、「日本法人が日本国内で事業展開・広報を担っている以上、一定の連帯責任がある」として、削除要請への実質的な不作為を法的に問おうとしている。
高谷弁護士は記者会見で「日本法人がガイドラインを周知し、消費者対応も行っている以上、削除判断を本社だけに帰属させるのは不合理」と述べた。これに対し、日本法人の広報担当者は「現在、事実関係を確認中であり、訴状を確認したうえで対応を検討する」としている。
一方、プラットフォーム責任を巡る国内外の法制は分岐しており、海外本社との裁量分離をどこまで国内裁判で評価するかが、今後の司法判断の焦点になるとみられる。
訴訟進行と審理の見通し
すみれ商事による訴訟は、提起段階で削除対象の投稿内容や原告の精神的損害に関する具体的主張が明記されており、今後は証拠資料の提出とともに、民事訴訟手続きが進むとみられる。特に焦点となるのは、①削除権限の有無とその所在、②精神的苦痛の立証、③営業上の損害とレビュー表示の因果関係である。
京都地方裁判所がまず審理するのは、日本法人がどの程度まで投稿管理に関与していたかを示す業務体制の確認であるとされる。初公判日や証人尋問の有無はまだ発表されていないが、被告側の対応如何では長期化する可能性もある。
削除判断に関する日欧の差異
今回の訴訟は、国内法と海外拠点を持つプラットフォームの運営実態にズレが生じた結果ともいえる。ヨーロッパでは「DSA(デジタルサービス法)」によって、プラットフォーム側に透明性報告や削除理由の明示が義務づけられつつある。一方、日本ではプロバイダ責任制限法がありながらも、削除要請の実効性には限界があるとされてきた。
この違いは、投稿の取り扱いを「利用者の評価の自由」と見るか、「事業者の名誉・収益に関わる影響行為」と見るかの姿勢の差にも表れている。日本法人が対応の権限を持たないまま、広報・営業活動を続けている現状に対し、法的な整合性が問われる局面を迎えている。
削除拒否から提訴に至る手続き
| 時期 | 事象内容 |
|---|---|
| 2021年11月 | Booking.comに口コミ投稿(対象となる否定表現を含む) |
| ~2022年 | すみれ商事が複数回にわたり削除要請を送付 |
| 2023年頃 | Booking.com Japanから「本社に権限あり」との通知 |
| 2025年7月 | 削除未対応のまま、原告が慰謝料500万円を請求し提訴 |
| 2025年8月 | 提訴報道が出され、国内外で法的責任の所在が議論に |
FAQ|よくある5つの疑問と制度整理
Q1. 「最低」と書かれた投稿は削除されるべき内容なの?
A1. Booking.comのガイドラインでは、誹謗・差別・暴力的表現に該当する投稿は削除対象とされていますが、「最低」という語のみでは削除の可否は投稿全体の文脈で判断されます。
Q2. なぜ日本法人が提訴されたの?
A2. 削除権限がオランダ本社にある一方、日本法人が広報・営業活動を国内で行っているため、原告は「連帯責任がある」と主張して提訴しています。
Q3. 本社が日本に登記されていないと何が問題?
A3. 日本で法人登記がない企業に対しては、削除命令や賠償請求の裁判管轄が及びにくく、国内法人への訴追で責任を問う構造が採られています。
Q4. 同じような訴訟は過去にもあった?
A4. 他業種では、Googleレビューや食べログなどで類似の削除訴訟が起きた事例はありますが、民泊分野では稀なケースです。
Q5. 今後、宿泊レビューに変化はある?
A5. 本件のように裁判で削除対応の義務範囲が明確化されれば、プラットフォーム各社のガイドライン運用が見直される可能性があります。
投稿削除訴訟に関する全体要点
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発端 | Booking.com上の民泊レビューに「最低」などの否定表現が記載 |
| 原告の対応 | 削除を複数回要請したが拒否された |
| 被告の立場 | 削除権限はオランダ本社にあり、日本法人は管轄外と主張 |
| 訴訟の目的 | 精神的苦痛と営業損害に対する慰謝料500万円の請求 |
| 法的争点 | 日本法人に削除対応の責任があるか、ガイドライン適用の限界 |
| 今後の注目点 | プラットフォームの表現管理に関する司法判断 |
プラットフォーム責任の境界とは
本件は、グローバルに展開する予約サービスにおいて、情報管理の責任範囲がどこまで及ぶかを問う重要な訴訟といえる。Booking.comのような多国籍プラットフォームでは、本社と地域法人の機能が分離されているため、削除判断に地域法人が関与できない実情がある。その一方で、サービス提供の表看板としての役割を地域法人が担っているのであれば、名誉毀損的な表現が放置されたことに一定の責任を問われても不自然ではない。
プラットフォーム運営の自由と、掲載情報の正確性・公平性との間で生じる緊張関係は、今後さらに法整備が求められる領域である。特に、利用者レビューという“主観的な情報”の保護と制御のバランスは、今回の訴訟結果次第で国内外の運用方針に大きな影響を及ぼす可能性がある。