劇薬ノルアドレナリンが希釈されず投与され、90代女性が死亡。済生会八幡総合病院は誤投与を認めつつも『直接死因ではない』と説明。16倍か500倍か、報道差と透明性の問題を解説。
済生会八幡総合病院で劇薬誤投与
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北九州市八幡西区の済生会八幡総合病院で、今年3月に入院中の90代女性患者に対し、希釈が必要な劇薬ノルアドレナリンがそのまま投与される誤りが起きた。患者は投与直後に心拍数と血圧が急激に上昇し、一時呼吸が停止した後に小康状態を経て、約4時間40分後に死亡した。病院は「投与ミスがあった」と事実を認めつつも、「直接的な死因ではない」との立場を取っており、報告義務のある医療事故調査制度には届け出ていない。報道各社の間で投与濃度に差が見られることもあり、社会的に注視される事案となっている。
済生会八幡総合病院で発生したノルアドレナリン誤投与の経緯
済生会八幡総合病院によると、誤投与が発生したのは2025年3月。入院中の90代女性患者は血圧が低下しており、昇圧作用のあるノルアドレナリンを使用する必要があった。主治医は別の患者の手術に立ち会っていたため、看護師に「希釈して投与するよう」口頭で指示した。しかし、看護師は原液をそのまま投与し、結果として極めて高濃度のノルアドレナリンが体内に入った。
投与後、患者は心拍数と血圧が急激に上昇し、一時的に呼吸停止に陥った。院内の蘇生措置によって一時的に状態は安定したが、数時間後に再び容体が悪化し、投与から約4時間40分後に死亡が確認された。
投与濃度の食い違いと病院側の説明
報道では、投与濃度に大きな差が見られている。一部の報道では「本来の指示濃度の16倍」とされ、別の媒体では「約500倍」と伝えられた。病院側は具体的な数値を公表していないため、どの倍率が正しいのかは確定していない。
病院長は会見で「誤投与があったことは認めるが、死亡は敗血症性ショックなど患者の入院中の経過が主因であり、投与ミスは直接の死因ではない」と説明した。そのため、国の医療事故調査制度に基づく報告は行っていないと発表している。この説明は、遺族や社会に対する説明責任のあり方として議論を呼んでいる。
ノルアドレナリンの薬理作用と誤投与の臨床的影響
ノルアドレナリンは交感神経系に作用し、強力に血管を収縮させる昇圧薬である。ショック状態や手術時の循環維持に使用されるが、通常は希釈して点滴ポンプで持続注入される。投与量は慎重に調整され、急激な濃度上昇は厳禁とされる。
高濃度のまま静注された場合、血圧や心拍数の急激な上昇、不整脈、心筋への過剰負担、末梢循環障害などが短時間で生じる可能性がある。今回のケースでも、投与直後に患者の循環動態が急変したことは薬理学的な反応と一致している。一方で、その後一時的に容体が安定した後に死亡した経過は、単純な過剰投与だけでは説明しきれない部分がある。
病院は死因を「入院中の敗血症性ショックなどの病態」と説明しているが、誤投与が生体に与えた影響を完全に排除することは難しい。薬剤学的には「急性期の変動を引き起こした可能性は高いが、最終的な死因を単独で決定づけたとは限らない」という解釈が妥当とされる。
投与ミス事案に関する報道差の整理表
報道媒体 | 報じられた投与濃度 | 死因の扱い | 医療事故調査制度への対応 |
---|---|---|---|
A紙・放送局 | 指示の16倍以上 | 「直接の死因ではない」と病院コメントを引用 | 「報告していない」と明記 |
B紙 | 約500倍 | 「敗血症性ショックが死因」と病院見解を記載 | 報告なしと記載 |
C局 | 約17倍 | 「誤投与は事実だが因果関係は限定的」と報道 | 報告対象外と伝える |
このように、同じ会見を基にしても報道ごとに濃度の表現や死因の書き方が異なっており、読者が事実を理解するうえで混乱を招いている。記事化する際には「数値は報道差がある」「病院は具体的な数値を公式には示していない」という前置きが不可欠となる。
医療事故調査制度と報告判断の問題点
日本では2015年に「医療事故調査制度」が創設され、予期せぬ死亡や重大事例が起きた場合、医療機関は院内で原因究明を行い、国の支援センターに報告する仕組みが整えられている。調査の目的は責任追及ではなく、再発防止と安全向上である。
済生会八幡総合病院は今回の事案を「直接死因ではない」と判断し、制度に基づく報告を行っていないと説明した。しかし、誤投与という事実は確定しており、死亡との因果関係をどう評価するかは社会的に大きな関心を集める。報告を行わなかったことで、第三者の分析や全国的な情報共有の機会が失われた可能性がある。制度の趣旨を踏まえると、判断の妥当性は議論の対象となる。
過去の劇薬誤投与事例と対応
過去の事例では、劇薬の誤投与は多くが死亡や重篤な結果につながっており、制度報告や改善策につながってきた。今回の事案はその流れと異なり、報告されなかった点が特徴的である。
医療現場で誤投与を防ぐための視点
誤投与は個人の不注意だけではなく、複数の要因が重なって起きる。指示が口頭で伝わったこと、主治医が不在だったこと、薬剤の希釈が日常的に必要な薬であったことなどが重なった可能性がある。
今後の再発防止には、
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指示は必ず電子カルテや書面で残すこと
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投与前に複数人で確認する「ダブルチェック体制」を徹底すること
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劇薬のラベルや保管を明確化し、原液と希釈液を取り違えないようにすること
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教育と研修を定期的に実施すること
が欠かせない。制度的にも、報告対象を医療機関の判断に委ねるのではなく、一定の基準で必ず報告するルールに見直す必要性が指摘されている。
誤投与発生から死亡までのタイムライン
時間 | 出来事 |
---|---|
午後 | 主治医が手術中、看護師へノルアドレナリンの投与指示 |
直後 | 希釈せず原液を投与 |
投与直後 | 血圧と心拍数が急上昇、一時的に呼吸停止 |
蘇生後 | 容体が安定する |
約4時間40分後 | 患者が死亡 |
後日 | 病院が会見で誤投与を認めるが「直接死因ではない」と説明 |
現在 | 医療事故調査制度には報告せず、説明責任が議論されている |
病院説明と社会的透明性の乖離
済生会八幡総合病院は「投与ミスは認めるが直接死因ではない」と説明した。しかし、臨床経過を見る限り、投与直後に重篤な変化が起きたことは否定できない。死因が敗血症性ショックであったとしても、誤投与が影響しなかったと断定するのは難しい。
さらに、報道によって「16倍」「500倍」と大きく数値が異なっている現状は、病院が具体的な数値を明示していないことに起因する。情報公開が不十分であることは、遺族や社会の理解を阻み、信頼を損なう結果となる。
医療事故調査制度は再発防止のための仕組みであり、報告すること自体が責任追及を意味するわけではない。にもかかわらず、報告を行わない判断をしたことは、制度の趣旨と乖離している。透明性を確保するためには、詳細な情報公開と第三者の検証が不可欠である。
FAQ
Q1. 誤投与はなぜ起きたのか?
A. 主治医が手術中で看護師に口頭で希釈投与を指示したが、看護師が希釈を行わず原液を投与した。
Q2. なぜ「直接死因ではない」とされたのか?
A. 病院は患者の入院中の病態(敗血症性ショック)が主因と判断し、誤投与が死亡を直接引き起こしたわけではないと説明した。
Q3. 医療事故調査制度とは?
A. 医療機関で予期せぬ死亡などがあった場合、院内調査を行い国の支援センターに報告し、再発防止に役立てる制度である。
Q4. 過去にも同様の事例はあるのか?
A. 塩化カリウムやインスリンなどの誤投与事例が国内外で報告されており、死亡例もある。多くは制度報告や改善策につながっている。
Q5. 再発防止の鍵は何か?
A. 指示の書面化、ダブルチェック体制、薬剤保管の工夫、スタッフ教育の徹底、制度報告の義務化が重要である。