贋作公開の真相とは…
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徳島県立近代美術館が無料公開した“贋作”に何があったのか|6700万円被害と詐欺の手口
徳島県立近代美術館がかつて6720万円で購入した1枚の油彩画。その作品が、実は「詐欺師による贋作」であることが判明した。驚くべきは、美術館側がこれを隠すことなく、無料で一般公開に踏み切った点である。なぜ美術館は騙され、なぜ今、公開に至ったのか。事件の全体像と“贋作に仕組まれた罠”を報道事実に基づいて読み解く。
見出し | 要点 |
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購入経緯 | 1998年、大阪の画廊から鑑定書付きで購入(6720万円) |
贋作発覚 | 2023年、西洋美術館の指摘から調査開始。2024年に贋作と認定 |
詐欺手法 | 骨董品の画材・偽の来歴・作者になりきる描写など三重偽装 |
美術館の対応 | 無料公開と謝罪説明で信頼回復を図る |
波及 | 高知県立美術館でも同様の贋作が発覚し、展示方針に影響 |
贋作『自転車乗り』の購入と発覚
徳島県立近代美術館は1998年、フランスの画家ジャン・メッツァンジェの油彩画『自転車乗り』を6720万円で購入した。大阪の画廊が売主であり、当時は正規の鑑定書が添付されていた。
購入の決め手の一つには、ジャン・メッツァンジェの全作品を網羅する目録への「掲載予定作品」であったこともあった。これにより館内でも疑いの声は上がらず、絵は26年間にわたり所蔵・展示されていた。
しかし、2023年6月に国立西洋美術館関係者から「真贋に疑問あり」との指摘があり、館側は調査を開始。翌7月には、ドイツ人の贋作者ヴォルフガング・ベルトラッキが「私が描いた」と明言し、2024年3月には美術館が正式に贋作であると認定・謝罪した。
ベルトラッキの巧妙な贋作手口
ベルトラッキの手法は極めて高度で、美術館関係者や専門家も見抜けなかった。彼は骨董市で入手した当時物のキャンバスに、時代に即した顔料を用いて描画。さらに、来歴書類・鑑定書・作家の直筆風の手紙まで用意し、「真作」として市場に流通させた。
加えて、作家が左利きであれば自分も左手で描くなど、制作環境までも模倣する徹底ぶりが確認されている。彼の贋作は欧州で300点以上が流通し、2011年には詐欺罪で有罪となっているが、その影響は今も世界に残されている。
学芸員の謝罪と公開の意義
贋作であることが判明した後、美術館は同作品の無料公開を決断した。2024年5月11日から6月15日まで展示された会場では、竹内利夫上席学芸員が来館者に直接謝罪と解説を行った。
竹内氏は、「本物の絵は存在しない」「これはメッツァンジェ風に描かれた捏造画である」としたうえで、「この絵に感動された方が、自分に見る目がなかったと感じてしまうなら、それは違う。観る人の心を弄んだのは我々であり、責任は美術館にある」と明言した。
贋作だと知ってなお、見たいという声の正体
無料公開を決めた背景には、贋作と認定された後にも「展示してほしい」との要望が県内外から多数寄せられたことがある。「たとえ贋作であっても、絵としての魅力は変わらない」という来館者の声が相次いだ。
実際に現地で作品を鑑賞した中年男性は、「偽物やって言われても、ええ絵やと思いますわ」と話していた。真贋を超えて、感動する気持ちに嘘はないという認識が、多くの人に共有されていた。
贋作発覚までの主な時系列
科学鑑定と補償対応の行方
贋作と認定された『自転車乗り』に対し、美術館は現在、科学調査機関での精密鑑定を依頼している。顔料成分・キャンバスの経年変化・筆致の再分析などを進めており、偽装工作の全体像を技術的に裏付ける目的がある。
一方、画廊側への責任追及については、購入からすでに20年以上が経過していることから、民法上の返金請求などは「時効により極めて困難」とされている。館側は「費用分担や補償の道が残されているかどうか、法的観点からも調査を進める」としている。
他館へ広がる“贋作の波”と制度の盲点
この問題は徳島県立近代美術館に限った話ではなかった。2024年6月、高知県立美術館が所蔵していた『少女と白鳥』という絵画も、ベルトラッキによる贋作であったことが発覚した。両館とも、同一人物の手による贋作を長期間展示していたことになる。
美術館は鑑定書や作家名を信用し、専門家の目でも真作と判断されてきた。だが今回の件では、来歴書類の信憑性や販売ルートの検証が十分でなかった点が問われており、「制度上の盲点」を突かれた構造的被害とも言える。
真贋の問題が揺さぶる「鑑賞者の自尊心」
贋作事件が明らかになった際、作品の価値が否定される以上に、観た人自身の感性や審美眼が否定されるような感覚に陥ることがある。学芸員の竹内氏が語った「この絵に感動した方が自分に見る目がなかったと思ってしまうなら、それは違う」という発言には、そうした心理への深い配慮が込められていた。
作品が真作であるかどうかとは別に、「観る人の心を動かした」という事実自体が否定されてはならない。これは、美術館の説明責任に加えて、鑑賞者の心を守る倫理的責任でもある。真贋よりも“何を感じ取ったか”が問われる時代にあって、今回の公開対応は誠実な文化的対話の一形態といえる。
【贋作公開に至る6段階の流れ】
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1998年:画廊から『自転車乗り』を購入(6720万円)
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~2023年6月:鑑定書を信じ、26年間展示・所蔵
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2023年6月:西洋美術館関係者が真贋に疑義
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2023年7月:ベルトラッキ本人が「私の作品」と自供
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2024年3月:記者会見で美術館が贋作と認定
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2024年5~6月:無料公開・学芸員による謝罪と解説
❓FAQ
Q1. なぜ贋作だとわかってからも展示したのですか?
A1. 被害を公にし、購入の経緯や詐欺の手口を説明するため、無料公開という形で責任を果たすことを選びました。
Q2. 美術館の専門家も騙されたのですか?
A2. はい。骨董の画材や偽の来歴書類を用いた巧妙な偽装により、専門家も真作と判断してしまいました。
Q3. 画廊に返金請求はできないのですか?
A3. 購入から20年以上が経過しており、民法上の時効が成立している可能性が高く、法的手続きには困難があります。
Q4. 今後も贋作が見つかる可能性はありますか?
A4. 他館でも同作者による贋作が発覚しており、引き続き全国で調査・再鑑定が進められています。
Q5. 見た目では贋作かどうかは分からないのですか?
A5. 多くの場合、一般の来館者はもちろん、専門家でも科学調査なしには判別が困難です。
見出し | 要点まとめ |
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経緯 | 1998年に6720万円で購入、贋作と判明し2024年に公開 |
詐欺手口 | 骨董画材・偽鑑定書・作家の筆跡模倣まで含む三重偽装 |
館の対応 | 謝罪と無料公開、科学鑑定と画廊への法的調査を進行中 |
社会的意義 | 鑑賞者の信頼と文化資産の信頼性を守る判断 |
波及と教訓 | 他県にも波及、制度と鑑定体制の見直しが急務 |
贋作をめぐる責任と信頼|美術館が社会に問う「真作とは何か」
「本物であるか否か」が価値のすべてであるなら、美術はいつまでも真贋の判定に縛られ続けるだろう。しかし、美術館が今回選んだのは、「誤って紹介してしまったことを隠さず、むしろ来館者に説明する」という誠実な姿勢だった。贋作を“展示する”という判断は、単に作品の背景を共有することにとどまらず、「美術館という場所の責任」を社会に問う行為でもあった。
そして、贋作とわかってもなお、「見たい」と望んだ来館者の声が示すのは、芸術が人の感情に与える影響が、真贋とは別の次元にもあるという事実である。誤認を責めるのではなく、観た人の心が動いたこと自体に価値があると認めること――そこに、美術館と社会が共有すべき新しい倫理がある。