カンボジア政府は、世界遺産プレアビヒア寺院がタイ軍による砲撃や空爆で損傷したと発表し、強く非難しました。寺院の地面には複数の穴が空き、構造物の一部が破壊されたと報告されています。カンボジア側は文化財への攻撃がハーグ条約違反に当たる可能性があると主張。タイ政府は関与を否定しており、両国間の緊張が高まっています。
カンボジアとタイの間で再び緊張が高まっている。世界遺産として登録されているヒンズー教寺院「プレアビヒア」周辺で、砲撃や空爆による被害が確認されたとカンボジア政府が発表した。文化財への攻撃は戦争犯罪にも該当する可能性があり、国際的な注目が集まっている。
プレアビヒア遺跡と軍事攻撃の報道
カンボジア政府は2025年7月24日、タイとの国境付近で発生した軍事衝突の中で、プレアビヒア寺院がタイ軍による攻撃を受けたと発表した。声明によると、砲撃と空爆が行われたとされ、寺院の敷地では地面に複数の穴が確認されたほか、構造物の一部が損傷し、破片が散乱していた。
この寺院は2008年にユネスコ世界遺産に登録されており、文化財として国際的に保護対象となっている。カンボジア政府は「最も強い非難」を表明し、文化財を攻撃対象とすることはハーグ条約に違反すると主張した。
現場周辺では過去にも両国軍の衝突が発生しており、今回の事件がさらに事態を悪化させる懸念もある。声明では、世界遺産への軍事行動を即時に停止するよう国際社会にも訴えかけている。
発表文に記された対応方針
カンボジア政府の声明では、今回の攻撃がハーグ条約第1附属書第4条に反するとして、戦争犯罪の可能性にまで言及された。条約では、武力紛争中の文化財保護を義務づけており、登録遺産への軍事的攻撃は重大な違反とされる。
声明文には「この行為は文化遺産への無差別攻撃であり、国際社会は看過してはならない」と記載され、国際刑事裁判所(ICC)への訴えも視野に入れていることが示唆されている。現地には調査団の派遣も検討されており、寺院の被害規模や原因の特定が今後の焦点となる。
タイ政府の反応と国際社会の動き
一方、タイ政府はカンボジア側の発表内容を否定し、「自国の防衛行為の範囲を逸脱していない」と反論する声明を出した。タイ国防省は独自に公開した資料の中で、カンボジア軍の動きが先にあったと主張しており、攻撃の起点に関して両国の主張は食い違っている。
また、今回の衝突ではタイ国内でも被害が出ており、現地のガソリンスタンドが炎上したことが確認されている。双方の攻撃が交錯するなか、国際社会では緊張緩和への呼びかけが始まっており、ユネスコや国連の関係部門も調停に向けた情報収集を行っている。
今後、国際機関による現地調査や監視体制の導入が検討される可能性もあり、事態は軍事衝突から外交問題へと発展する様相を呈している。
公表後の変化と関係者の対応
2025年7月24日の発表後、カンボジア政府はプレアビヒア寺院の被害実態を調査するため、文化省・軍部合同の現地視察団を派遣したと発表した。報道によると、寺院敷地内では複数の地点に被害が見つかり、特に壁面装飾や石段の一部に破損が及んでいたという。
一方で、タイ政府は報道当日に緊急記者会見を開き、カンボジア側の主張を「政治的扇動である」と退けた。国連教育科学文化機関(ユネスコ)は、事態の深刻さを受け、両国に対して文化財への武力行為を控えるよう要請する声明を発表している。
文化遺産が武力衝突に巻き込まれる現実
プレアビヒア寺院は、文化的・宗教的に高い価値を有する世界遺産であると同時に、地政学的にもカンボジアとタイの国境をめぐる緊張の象徴でもある。今回の被害報道は、こうした二重の性格を持つ文化遺産が、政治的対立の最前線に置かれる危険を再認識させる事例となった。
被害の程度が確認されるにつれ、文化財と軍事行動の線引きに対する国際的な議論が広がっている。ハーグ条約の適用範囲と拘束力、そして文化的損害への国際責任のあり方が、今後の焦点となると見られている。
発表から国際的対応までの経過
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7月22日:カンボジア・タイ両軍が国境付近で軍事的対峙
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7月24日夕方:砲撃・空爆とされる攻撃により遺跡周辺に損傷報告
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同日夜:カンボジア政府が「最も強い非難」を表明し声明発表
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7月25日朝:ユネスコが事態に関する注意喚起を発表
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同日午前:タイ国防省が記者会見で攻撃関与を否定
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同日昼以降:国際調査団派遣や現地調整に向けた準備開始
よくある5つの疑問
全体の要点の整理
軍事衝突と文化財保護の両立は可能か
プレアビヒア寺院の損傷をめぐる報道は、武力紛争が文化財に与える影響の深刻さを改めて浮き彫りにした。カンボジアとタイの国境における対立は長年の歴史を背景にしているが、世界遺産に指定された宗教建築物がその渦中に巻き込まれる事態は、決して看過できるものではない。
ユネスコや国際社会は、文化財の保護を名目とする条約や制度を整備してきた。しかし、現実にはその拘束力が十分に機能しているとは言い難い。文化遺産は単なる過去の遺物ではなく、今を生きる人々にとっての誇りや記憶の象徴でもある。だからこそ、政治的対立の矛先としてではなく、共通の価値として守られるべき存在である。
文化財を守る努力と、国境紛争の火種を鎮める外交努力は、本来両立されなければならない。そのためには、各国政府の対応だけでなく、国際的な監視と対話の枠組みが不可欠であるといえる。