鹿児島が2024年、荒茶生産量で初の日本一に。65年間首位を守った静岡を抜いた背景には、平坦地での機械化、共同経営モデル、そして抹茶ブームを捉えたてん茶生産の拡大がありました。
静岡を抜いた「かごしま茶」
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2024年、日本茶の歴史に大きな転機が訪れました。65年間“お茶王国”として君臨してきた静岡を、鹿児島が荒茶の生産量で初めて上回ったのです。農林水産省の統計によると、鹿児島は2万7,000トン、静岡は2万5,800トン。1959年の統計開始以来初めての首位交代となり、茶業界全体を揺るがす出来事となりました。なぜ鹿児島は静岡を追い抜くことができたのか。その背景を現地の茶畑と組合の取り組みに追いました。
項目 | 内容 |
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発生事実 | 2024年、鹿児島が荒茶生産量で静岡を抜き全国1位(鹿児島2万7,000t/静岡2万5,800t) |
歴史的意義 | 1959年の統計開始以来、静岡が守り続けた首位が65年ぶりに交代 |
主な要因 | 平坦で広大な茶畑、大型摘採機の普及、組合による一括管理、てん茶生産拡大 |
地域別特徴 | 南九州市が県内生産の約半分(約1.3万t)を担う最大産地 |
追い風 | 世界的な抹茶ブーム、若手就農者の増加 |
静岡との違い | 静岡は斜面小区画中心で機械化に制約、個別経営が主流 |
鹿児島・南九州市の茶畑に広がる規模の力
鹿児島県の茶産地の中心は南九州市です。ここだけで荒茶生産量は約1万3,000トンと、県全体のほぼ半分を占めています。広大な茶畑が一面に広がり、その規模は東京ドーム34個分にも相当します。斜面や小区画が多い静岡に比べ、南九州市の畑は平坦で区画が大きいのが特徴です。そのため大型の乗用型摘採機を導入しやすく、大規模な収穫を効率的に行うことができます。
南九州市の生産現場を歩くと、作業の進め方が極めて合理的であることに気づきます。大型機械で畑を一気に刈り取る光景は圧巻で、人手に頼っていた時代の茶摘み風景とは大きく異なります。こうした「規模の力」が、鹿児島が静岡を抜く大きな要因となったのです。
手摘みから機械化へ 松元機工の挑戦
鹿児島の茶業発展を語る上で欠かせないのが、南九州市の機械メーカー・松元機工です。同社は1960年代後半、全国に先駆けて乗用型茶摘採機を開発しました。当時から「手摘みだけでは人件費の高騰に耐えられない」と危機感を持ち、地元農家とともに機械化に挑みました。結果として、省力化と収穫効率の飛躍的な向上を実現し、鹿児島の生産拡大を長年支えてきました。
松元機工の代表は「やっと来たか、という思いでした」と語ります。開発から半世紀以上、ようやく鹿児島茶が日本一に躍り出たことは、地元の技術者や農家にとって悲願達成の瞬間でした。
菊永茶生産組合が示す共同経営モデル
もう一つの鹿児島の強みは、生産者が力を合わせる「共同経営」の仕組みです。南九州市にある菊永茶生産組合は37名の組合員で構成され、所有畑の区別なく「みんなの畑」として一括管理しています。施肥や農薬の使用も統一し、同じ品質の茶葉を安定的に生産できるようにしています。
さらにICTを活用し、日々の作業内容はスマートフォンに送られます。組合員はその日の担当区画や作業内容を確認して動くだけでよく、効率化と負担軽減が進んでいます。給与や発言権も平等に扱われる仕組みが、農家に安心感を与えています。
静岡と鹿児島の茶産地の違い
観点 | 静岡 | 鹿児島 |
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地形 | 山間・斜面が多い | 平坦地が多く大区画 |
栽培面積 | 全国最大(鹿児島の1.5倍以上) | 静岡より少ないが効率高い |
生産方式 | 個別農家ごとの管理が中心 | 組合による一括管理・平等経営 |
機械化 | 小規模導入、地形制約大 | 乗用型摘採機の普及率が高い |
ブランド | 「お茶王国」として長い歴史 | 新興だが効率と量産で急成長 |
主力商品 | 煎茶中心 | てん茶・抹茶需要にも対応 |
抹茶ブームが追い風に てん茶生産全国1位
鹿児島の茶業界をさらに押し上げたのが「抹茶ブーム」です。世界的に抹茶を使ったスイーツや飲料が人気となり、アメリカやヨーロッパ、アジアで需要が拡大しています。抹茶の原料となるのは「てん茶」で、茶畑を黒い布で覆い、日光を遮ることで葉を濃い緑に仕上げます。この手間のかかる作業を鹿児島は積極的に取り入れ、てん茶の生産量で全国1位となりました。
南九州市の菊永茶生産組合では、需要増に対応するため加工ラインを増設。工場は交代制で24時間稼働し、1日で生葉3万キロを処理できる能力を備えています。現場には20代の若手社員も加わり、管理者として活躍しています。高齢化や後継者不足に悩む茶産地が多いなか、効率的な生産体制と安定した雇用環境が若い世代を呼び込む原動力となっているのです。
静岡の強みと鹿児島の課題
静岡は依然として全国最大の栽培面積を誇ります。その歴史とブランド力は国内外で根強く、特に高級煎茶市場では確固たる地位を築いています。一方で鹿児島は効率性と規模で優位に立ったものの、大規模経営がゆえのリスクも抱えています。気候変動による高温障害や病害、価格の変動に対する脆弱性は否めません。静岡が持つ「品質と伝統」に対し、鹿児島が「効率と量産」で勝負する構図は今後も続くでしょう。
世界市場に挑むオールジャパン構想
鹿児島の組合長は「海外市場を開拓するには地域ごとの小さなブランドでは限界がある。オールジャパンで日本茶を広げていきたい」と語ります。国内での生産量競争よりも、世界での需要拡大が次の舞台。各産地が協力し、日本茶全体のブランド力を高めることが、今後の存続と発展につながります。
効率化と文化のはざまで
鹿児島の快進撃は、機械化と共同経営の成果でした。しかしその一方で、茶摘み娘の姿に象徴される「手摘み文化」は姿を消しつつあります。効率化は農家を守る手段であると同時に、文化的価値を薄める要素にもなり得ます。日本茶が世界で評価されるためには、単なる工業製品ではなく、文化を背景にした飲み物としての魅力も伝えていく必要があります。
鹿児島茶の日本一までの流れ
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戦後:人件費上昇を見越し、機械化への挑戦が始まる
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1960年代:松元機工が乗用型摘採機を開発
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1970年代以降:平坦で大区画の茶畑を活かし、機械化を普及
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2000年代:菊永茶生産組合がICT管理や共同経営を確立
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2020年代:抹茶ブーム到来、てん茶生産で全国1位に
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2024年:鹿児島が荒茶生産量で静岡を上回り、初の首位獲得
鹿児島茶の台頭が示す農業の未来
鹿児島が静岡を超えた背景には、後発産地ならではの覚悟がありました。「同じやり方では勝てない」と早くから機械化を徹底し、組合経営で効率を高めたことが成功要因です。静岡が築いた「文化とブランド」の価値を軽んじるのではなく、それと異なる軸で勝負した点に意義があります。
この出来事は茶業に限らず、日本農業の将来像を示しています。少子高齢化と人手不足のなかで、効率化と規模化は避けられません。同時に「伝統や文化」をどう残すかが課題となります。鹿児島の台頭は、農業の持続性と国際化への一つの解答といえるでしょう。
FAQ
よくある質問と回答
Q1:なぜ鹿児島は静岡を抜けたのですか?
A1:平坦で大区画の茶畑を活かし、機械化と組合管理で効率を高めたことに加え、抹茶需要を捉えたてん茶生産の拡大が要因です。
Q2:てん茶と抹茶はどう違うのですか?
A2:てん茶は抹茶の原料で、茶葉を被覆して育て、乾燥後に石臼で挽くことで抹茶になります。
Q3:静岡の強みは何ですか?
A3:国内最大の栽培面積と長い歴史によるブランド力、高品質な煎茶の評価が強みです。
Q4:鹿児島の組合方式は他地域でも可能ですか?
A4:地形や農家の規模が異なるため単純に導入は難しいですが、共同経営やICT活用のモデルとして参考にできます。
Q5:海外で人気の抹茶製品は?
A5:抹茶ラテ、スイーツ、健康食品など幅広く、特に欧米での飲料需要が急増しています。