
TBS系『アッコにおまかせ!』が2026年3月29日で放送終了。司会の和田アキ子が2025年11月2日の生放送で発表。1985年の開始から40年、日曜昼を彩った長寿番組の歩みと区切りを詳しく解説。
アッコにおまかせ!
40年の歴史に幕
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TBS系の長寿情報バラエティ『アッコにおまかせ!』が、2026年3月29日の放送をもって幕を下ろすことが決まった。司会の和田アキ子が2025年11月2日の生放送で自ら発表し、40年に及ぶ歴史に区切りをつけることを明らかにした。番組は1985年10月6日に現在のタイトルで放送を開始し、2025年10月5日に40周年記念特番を放送したばかりだった。
「アッコにおまかせ!」終了発表の概要
和田アキ子が生放送で語った「40年目の区切り」
11月2日の放送終盤、画面に和田アキ子の顔がアップで映し出された。彼女は静かに口を開き、「『アッコにおまかせ!』は先月40周年を迎えました。私はこの番組に関しては、自分なりにしっかりと区切りをつけたいと思っていました」と語った。
続けて「目標にしていた40周年を迎えることができ、これが一番いいタイミングだと思って、来年3月に終了とさせていただきます」と明かし、共演者や視聴者への感謝を述べた。
和田はさらに「これまでやってこられたのはスタッフの皆さん、準レギュラーの皆さん、そして日曜のお昼にチャンネルを合わせてくださった視聴者の皆さんのおかげです。40年間、本当にありがとうございました」と頭を下げた。最後に「これからは1回1回を大切に、皆さんと明るく楽しくお届けしていきたい」と締めくくった。
この発表は番組公式Xでも同時に発表され、終了日が2026年3月29日であることが明示された。放送直後、SNSには「日曜昼の顔がいなくなるのは寂しい」「40年続いたことがすごい」といった反応が相次いだ。
40年の歴史をたどる「日曜昼の顔」
『アッコにおまかせ!』の歴史は、1984年に始まった『ゆうYOUサンデー!』を起点にしている。翌1985年4月には『アッコ古舘のあっ!言っちゃった!』に改題し、同年10月6日から現在の番組タイトルとして再スタートを切った。
初期は松尾貴史とのコンビで進行し、その後は生島ヒロシ、田中義剛が後任を務め、1993年10月からは峰竜太が加入。以降、和田と峰が息の合った進行で約32年にわたり番組を支えた。
番組内容も時代とともに変化していった。1980年代後半は街頭中継やゲストトークが中心だったが、1990年代以降は社会問題や芸能ニュースを扱うワイドショー的な構成に変わり、和田の率直な発言が番組の象徴となった。
「日曜昼の意見番」と呼ばれた和田のコメントは、時に賛否を呼びつつも視聴者の共感を集め、番組を支える柱となってきた。2025年に40周年を迎えた特番では、過去の名場面や歴代出演者が登場し、節目を祝った。
番組の主要転換点と出演者の流れ
番組が築いた日曜昼の文化
『アッコにおまかせ!』は、単なる情報番組ではなく、芸能界と視聴者をつなぐ「日曜昼の定点観測」として位置づけられてきた。
和田アキ子の率直な発言や、ニュースに対する独自の視点が番組の持ち味となり、他のバラエティとは異なる独自の存在感を持った。
長年の放送を通して、トーク番組の形を変えながらも「視聴者が笑いながら世の中を知る」というスタイルを貫いたことが、40年間続いた要因の一つといえる。40周年特番でも、和田の「日曜のお昼に元気を届けたい」という初心が貫かれていた。
番組が映してきた時代と40年の重み
『アッコにおまかせ!』の40年は、日本のテレビ文化の変化をそのまま写してきた歴史でもある。1980年代の放送開始当初は、ゲストトークや歌のコーナーを中心に“お昼の娯楽”として構成されていた。
1990年代に入ると、社会ニュースや政治問題を取り上げる場面が増え、番組は単なるバラエティから「情報番組」としての役割を担うようになった。
2000年代にはSNSやネットニュースが普及し、テレビ情報番組のあり方が問われる中でも『アッコにおまかせ!』は生放送の強みを生かし、和田アキ子の率直なコメントで時事を切るスタイルを貫いた。
和田の発言は時に話題を呼びながらも、日曜昼の番組として多くの家庭に“会話のきっかけ”を届け続けた。
節目となった2025年の40周年特番では、過去の名シーンが再編集され、初期の街頭中継コーナーから近年のニュース企画までが一望できる構成となった。番組が歩んだ変化の幅は、昭和・平成・令和という三つの時代をまたぐほどに広い。
和田アキ子の言葉が持つ継続の力
番組終了を発表した和田アキ子の言葉には、テレビというメディアへの深い感謝がにじむ。
「40年間、本当にありがとうございました」「これからは1回1回を大切に」という発言は、長年生放送に立ち続けた本人の覚悟を表している。
1985年に始まった当初、和田は35歳だった。歌手活動の傍ら、司会としての挑戦を重ね、番組とともに年齢を重ねた。40年の時を経て75歳を迎えた今も、生放送で伝える姿勢を崩さなかったことが、多くの視聴者にとって印象的な節目となった。
和田の存在は、単に司会者としてだけでなく、番組全体の“語り部”として受け継がれてきた。40周年の区切りで自ら幕を引く判断は、これまでの努力と誇りを締めくくるものと言える。
40年続いた番組が残した意味
『アッコにおまかせ!』は、テレビが家族の中心だった時代から、スマートフォンや配信サービスが主流となった現代まで、常に日曜昼に放送され続けた。
この継続が象徴するのは、“変わらない時間”の存在だ。多くの視聴者にとって、日曜正午に聞こえるオープニング曲や和田の声は、週末のリズムの一部になっていた。
長寿番組の終了は、単なる放送枠の交代ではなく、一つの時代の区切りでもある。番組が残したものは、テレビというメディアが持つ「共有の時間」の大切さであり、世代を超えたつながりの記憶である。
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【「アッコにおまかせ!」40年の歩み】
1984年 前身番組『ゆうYOUサンデー!』開始
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1985年 『アッコ古舘のあっ!言っちゃった!』に改題
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1985年10月6日 『アッコにおまかせ!』として放送開始
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1993年 峰竜太が司会に就任、名コンビが誕生
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2000年代 時事ネタ中心の構成に転換
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2025年10月5日 40周年特番を放送
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2025年11月2日 和田アキ子が番組終了を生放送で発表
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2026年3月29日 最終回をもって40年の歴史に幕
❓FAQ:知りたい5つの質問
Q1. 番組の最終回はいつ?
A. 2026年3月29日(日)に放送予定。TBS系列で通常の時間帯に放送される。
Q2. 発表はどのように行われた?
A. 2025年11月2日の生放送エンディングで、和田アキ子本人がカメラの前で視聴者に直接伝えた。
Q3. 番組はいつ始まったの?
A. 現在のタイトルでの放送開始は1985年10月6日。前身は1984年の『ゆうYOUサンデー!』。
Q4. 40周年特番はどんな内容だった?
A. 過去の名場面や歴代出演者を振り返る構成で、特別ゲストを迎えて放送された。
Q5. 和田アキ子は今後もテレビに出演する?
A. 番組終了発表時に「1回1回を大切にしていきたい」と語っており、活動は続ける意向を示している。
総合要約表|「アッコにおまかせ!」終了発表の全体像
和田アキ子が示した「終わらせ方」の美学
テレビ史の中で、40年間続いた番組が自らの手で幕を閉じる例は多くない。『アッコにおまかせ!』が2026年3月に終わるという決断は、ひとつの時代を象徴する出来事だ。
和田アキ子は番組の顔として、時に厳しく、時に温かく、社会の出来事に言葉を添えてきた。その姿勢が視聴者にとって“日曜の基準”であり、安心感そのものだった。
番組終了は喪失ではなく、40年間積み重ねた“信頼の証”として受け止められる。和田の「区切りをつけたい」という言葉には、現役を続けながらも、自らの役割を見極める成熟した決意が感じられる。
テレビが変わっていく時代にあって、最後まで生放送で伝えることにこだわった姿勢は、メディアの原点を思い出させる。『アッコにおまかせ!』の終了は、懐かしさではなく「長く続く意味」を静かに問いかけている。
最終回への期待と今後の歩み
2026年3月の最終回に向けて、番組は残り数か月の放送を続ける。和田は「最後まで楽しくお届けしたい」と話し、番組を締めくくる準備を進めている。
TBSは具体的な後番組についてまだ発表していないが、40年続いた番組が築いた時間帯の文化的価値は大きい。
最終回が近づくにつれ、番組が世代を超えて愛されてきた理由が改めて注目されている。
40年の重みを感じさせるフィナーレを、視聴者は静かに見守っている。
