ため息や舌打ち、飲み会の強制参加――。職場で日常的に繰り返される“些細な言動”が、実は多くの社員にとって退職を考えるほどの負担となっていることが、最新の全国調査で明らかになった。特に「良かれと思っていた」という無自覚な行動が、不信と孤立を深める要因に。グレーゾーンハラスメントの事例、企業の対応レベル、専門家の見解までを通じて、職場でいま何が起きているのかを掘り下げる。
ため息・飲み会強制…“グレハラ”
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「あなたのためを思って」「今時の若者はね…」という言葉に、違和感を覚えた経験はないだろうか。直接的な暴言や暴力ではないが、相手に不快感や心理的負担を与える“グレーゾーンハラスメント”が、今、企業の人材定着や職場環境に深く影を落としている。
調査が明かしたグレハラの現実(KiteRa調査)
職場における「不快な言動」が、離職リスクやチーム内の信頼関係にどれほど影響を及ぼしているかを示す調査結果が発表された。
この調査は、東京都港区の社内規定DX企業「KiteRa」が2024年6月中旬に実施したもので、全国の18~65歳のビジネスパーソン1196人を対象にインターネット形式で行われた。
回答者のうち、5割が職場内で上司や同僚による不快な言動を経験したと答えており、主な項目として以下のような例が挙げられた。
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「ため息・舌打ち・挨拶を返さない」などの不機嫌な態度:26.2%
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「飲み会や接待への参加強制」:16.2%
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「過去の価値観に基づく発言」:14.5%
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「プライベートな質問への回答強要」:12.0%
これらの行為の直接的な影響として、回答者の45.8%が「退職を検討した」と答えた。
特に、「無視・仲間外れ」に関しては全体の9.5%が経験しており、そのうち約70%が退職を考えたと回答している。
“無自覚の加害”が引き起こす連鎖
調査では、グレーゾーンに該当する言動を「良かれと思っていた」と答えた人が全体の約6割にのぼった。
例えば「交際相手の有無」や「休日の予定」などを何気なく尋ねた行為も、相手によっては不快と感じられることがある。にもかかわらず、質問した側は“距離を縮めようとしていた”“親しみの表現だった”と捉えているケースが目立った。
同様に、「挨拶を返さない」「無視する」といった反応型の行為についても、加害意識が希薄なまま繰り返されることが多い。
だが受け手からすれば、業務上の支障や心理的な緊張が蓄積し、退職意向に直結する深刻な要因となっている。
世代間ギャップが火種に
グレーゾーンハラスメントの中でも、特に目立つのが世代間の価値観のずれによる摩擦である。
「俺たちの頃は残業は当たり前だった」「今の若い世代は我慢が足りない」といった発言は、かつての職場文化の再現に過ぎないとする指摘もある。
しかし、こうした価値観を一方的に押し付けられた若手社員からは「聞き流しているつもりでも、内心ではずっと負担だった」との声が複数報告されている。
加害側にその自覚がないことで、指導や世話のつもりの行動が徐々に受け手との関係を断絶させる要因へと変化していく。
このような「ズレ」が放置されることで、業務そのものよりも“関係性そのものへの疲弊”が積み重なっていく構図が浮かび上がる。
退職検討につながった行動の実態整理(KiteRa調査)
言動の種類 | 経験者割合 | 退職検討率 |
---|---|---|
無視・仲間外れ | 9.5% | 約70% |
飲み会・接待の参加強制 | 9.4% | 約68% |
不機嫌な態度(ため息・舌打ちなど) | 26.2% | 約40% |
プライベートな質問の強要 | 12.0% | 約35% |
中小企業では規定整備が遅れがち
グレーゾーンハラスメントへの企業側の対応として、社内規定の整備状況に差があることも課題とされている。
調査では、特に中小企業において抑制規定が未整備である実態が明らかになった。
規定が存在しないことで、社員は「どこからが問題行動なのか分からないまま」日常を過ごし、加害と被害の境界が曖昧なまま放置されやすい。
加害者の多くが「意識していなかった」と答える背景には、企業の発信や教育が十分でない現状がある。
労務管理の観点でも、ルールの“曖昧さ”がリスクの温床となっている。
企業のグレー対策状況(調査・報道より)
対応レベル | 主な対応内容 | 備考 |
---|---|---|
✅ 高水準 | ハラスメント規定にグレー事例も明記/年次研修に反映 | 一部の大企業中心 |
◯ 中程度 | 相談窓口は設置済だが、対応方針は曖昧 | 自治体・公的法人など |
△ 低水準 | 明文化なし・グレーゾーンの基準共有もなし | 中小企業に多く見られる傾向 |
“良かれ”の裏にある職場の危うさ
「親しみのつもりだった」「部下思いの言葉だった」――
こうした意図の裏にあるのは、“主観だけで人間関係を判断する構造”だといえる。
グレーゾーンハラスメントが生まれる背景には、上司と部下・ベテランと若手といった非対称な関係性がある。
立場に差がある中で、相手の感じ方を考慮しない言動が蓄積すると、それは「関係の暴力性」へと変わっていく。
一方的な“善意”の押しつけが、結果的に関係の断絶や職場の空気の硬直化につながるリスクは高い。
無意識のうちに“組織の不信の芽”を育ててしまう構図が、今、企業の持続可能性を問う論点にもなっている。
グレーハラスメントの進行構造
段階 | 主な状況 | 社員の反応 |
---|---|---|
① 言動発生 | ため息・無視・飲み会強制など | 「気にしすぎかな」と受け流す |
② 蓄積・連鎖 | 継続して繰り返される/他者にも拡大 | 「自分だけではない」と感じ始める |
③ 疑念・孤立 | 上司や周囲が改善しない | 「話しても無駄かも」と相談をためらう |
④ 退職検討 | 心身に影響/信頼関係が崩壊 | 「もう辞めようか」と離職を視野に |
「関係性の質」が企業の価値を決める時代に
職場の空気を壊すのは、必ずしも“悪意ある言動”とは限らない。
むしろ多くのケースでは、「本人は善意で」「組織慣習として当然」とされる言動が、無意識のうちに人を追い詰めている。
KiteRa調査が示したのは、“違法でないが不快”というラインこそ、もっとも組織にとって脆い構造であるという警告だ。
ルール整備や相談体制といった制度的対応も重要だが、それ以上に求められるのは、「関係性そのものの質」を再定義する視点だろう。
上司・同僚・部下といった立場を超えて、“誰もが他者に与える影響を自覚する空間”こそが、現代の働きやすさを形づくる。
それは単なるハラスメント対策ではなく、企業の文化を更新する行為でもある。
FAQ|グレーゾーンハラスメントに関する疑問
Q1. どこからが「ハラスメント」と判断されるのですか?
A1. 継続性・対象の特定・心理的影響が明確であれば、法的にハラスメントと認定される場合があります。
Q2. 一度きりのため息や無視も問題になりますか?
A2. 一度の行為では原則対象外ですが、繰り返されると精神的攻撃と見なされる可能性があります。
Q3. 自分は冗談のつもりでも相手が不快だと言えば問題になりますか?
A3. はい。相手の受け止め方が基準となるため、意図よりも結果が重視されます。
Q4. 中小企業にはどんな対応が求められますか?
A4. 明文化された社内規定や研修、相談窓口の設置が基本的な対応策とされています。
Q5. 第三者に相談しても改善されない場合はどうすればいいですか?
A5. 労働局の総合労働相談コーナーや社外の相談窓口も活用できます。
調査と職場構造の全体像
視点 | 要点まとめ |
---|---|
リード | 小さな言動が関係性や離職リスクに直結する実態が可視化された |
調査結果 | 1196人中、約5割が不快な言動を経験、4割以上が退職を検討 |
加害認識 | 6割が「良かれと思っていた」と回答し、自覚の欠如が浮上 |
組織対応 | 特に中小企業では規定整備の遅れが課題とされている |
結語 | 関係性の質こそが、現代の職場価値を左右する視点が問われている |